副編集長の徐東輝(そぉとんふぃ)です。
アメリカに来てから早くも1ヶ月近くが経とうとしています。現地の方の声を聞きながら、あるいはたくさんの東海岸発の情報に触れながら、次第に「アメリカ人は何に怒り、トランプは何を代弁しているのか」が感覚的に理解できるようになってきました。そして、昨日に二回目を終えた大統領候補の公開ディベート、そして先週行われた副大統領候補の公開討論会を通して、今回の選挙の最大のテーマが見えてきたのでここに整理しようと思います。
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今回の最大のテーマは「格差社会」と「多様性」です。民主党、共和党両陣営が言い争っている内容はほとんどのことが「格差社会」を根底に置くことが討論会を通じて感じられました。言わずもがなアメリカの格差社会の広がりは異常であり、人口の1%が99%の人々と同じ富を持っているといわれている社会です。これまで経済成長をもってだましだまし続けてきた国家運営の歪みが、トランプというモンスターの出現と同時に一気に大爆発を起こしたと言えるでしょう。
そして、トランプの異常な問題発言は、実は「格差社会」に苦しむ人々の声を誇張して代弁しているのであり、マイク・ペンス副大統領候補という通訳者を介して翻訳してみると、その真意は意外なほどに腑に落ちる内容なのです。
9月26日に行われた大統領候補による初回の討論会は、90分間の時間を6つのパートにわけ、それぞれのパートで両候補者に共通の質問が提示されるという形式のものでした。実はこの質問はヒラリー氏、トランプ氏両候補が事前に知ることはできないのですが、討論会の主催者ですら事前に把握できず、司会者がテーマに沿って事前に考える仕組みになっています。したがって、どのような質問が繰り出されるのかも討論会では注目されていました。
今回のディベートは、「繁栄の実現」、「米国の方向性」、「米国の安全」という3つのテーマが指定されていたのですが、司会者が出した質問は雇用政策、税制改正、警察と人種の問題、オバマ大統領の出生地問題、ホームグロウン・テロリズムへの対策、そしてサイバーセキュリティに関する問題でした。
さて、まず雇用政策と税制改正は経済格差の是正を象徴するもので日本でも党首討論で話題になるテーマですね。次に出生地問題はトランプ氏の誤った発言を是正させるためのものなのでひとまず於いて、警察と人種の問題というのは、根本的には人種に基づく経済格差と人種差別問題がテーマになっているものです。ホームグロウン・テロリズムとは、9.11のように国外の組織が起こすテロリズムではなく、国外の過激思想に共鳴した国内出身者が独自に引き起こすテロリズムのことを指しますが、その多くは貧困や人種間差別、宗教差別に原因があるとされています。
そして昨日行われた第2回目の討論会でも、引き続き「オバマケア(医療保険制度)」、「税制」、「ムスリム、難民への対応」などが新たに質問され、1%の人々が99%の人々の富を持っているという現状をどのように打開し、再分配を行うのか、更に多様性を享受する社会にしていくためにはどのような政策が取られるべきかを議論していました。
このように、格差社会をいかに是正していくのか、そして多様性をどう受け入れ、実現していくのかというのが、現在アメリカの直面している課題であり、ヒラリー氏、トランプ氏に問われているお題目なのです。ヒラリー氏も取り組もうとしている課題は変わりません。「格差社会」と「多様性」にどう向き合うのか。実はこの課題については、ヒラリー氏もトランプ氏も争ってはおらず、お互いにその解決方法が違うということで争っているんですね。
余談ですが、日本の政治は長らく争点ずらしが行われてきました。与党が主張する争点と野党が主張する争点が異なり、識者はどちらの視点に立脚するのかで対立し、有権者たちは何を基軸に投票すればいいのかがわからないという状況です。これは有権者一人ひとりが自ら争点(判断基準)を決定し、そのための情報(判断材料)を収集できる、高度に洗練された民主主義の中では成り立つのですが、複雑化した現代社会ではむしろアメリカのようにきちんと対立軸とテーマを作ってくれたほうが、民主的手続きの正統性が高まると考えます。
トランプ氏はこれまで非常に多くの暴言、失言を生み出してきました。「安倍首相はアメリカ経済の殺人者だ」発言や、「中国、日本がアメリカの雇用を奪っている」発言、「メキシコとの国境に壁を作る」発言などは、すべてアメリカ経済の中で苦しむ方々の声を誇張して代弁しているのです。
円安ドル高となったせいで、アメリカの輸出業に従事する労働者は非常に苦労し、多くの中南米諸国からの移民のせいで、単純労働に従事する労働者は職の奪い合いをしています。確かに頭の良い有識者たちは、失業率が2009年以降改善されていたり、実はそれほど職の奪い合いをしていないのだという客観的な数字を提示して、トランプが巧みな嘘を使いまわし有権者を洗脳していると馬鹿にします。しかし、ブルーカラー労働者にとってはそんな数字どうでもよいのです。とにかく給料はあがらないし、リストラは終わらない。この現実的な恐怖は、どんな客観的な数値をもってしても消えないのです。トランプはこのような恐怖と怒りを持つ労働者たちが相当多い点に目をつけ、徹底的にマーケティングしているにすぎません。
トランプ氏は、1980年代にレーガン大統領が行った「小さな政府」によるトリクルダウンを行おうとしています。トリクルダウンとはすなわち、「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が滴り落ちる」とする経済理論で、トランプが主張しているのは、富裕層・大企業への減税を行えば、彼らが投資にお金を回すことで経済が成長し、雇用は創出されるし給与も上がっていくという構図です。そこにはトランプ氏の強烈なまでの「市場への信頼」が見て取れます。
さらにトランプは、上記の「国境の壁」発言に加え、「不法移民は国外追放する」、「イスラム教徒は一定期間入国禁止にする」などの強行的な政策を主張しています。ここに見て取れるのは、移民やイスラム教徒への強烈な「懐疑」です。たとえイスラム教徒の99.9%以上がテロとは無関係であっても0.1%関わっているという可能性があれば、その「懐疑」を残りの全体にも反映させた政策を提言しているのですね。ただし、トランプ氏は一定の南部白人層から票を得るためにこのようなポジショントークをしてきたのかと考えたこともあったのですが、過去何十年も移民に対して差別的発言をしていたことなどを考慮すれば、その「懐疑」は本音に近いのだと思います。
次ページ:実はシンプルなヒラリーの主張。そして市民が今、期待しているものとは
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