第45代アメリカ大統領は、ヒラリー・クリントンで決まった。そう感じさせる1週間であった。
前回の記事で書いた通り、9月26日に行われた第一回討論会の内容自体は、民主党候補ヒラリー・クリントン氏の「勝ち」だったものの、無党派層を大きく動かすほどのものではないように感じた(米大統領選TV討論会、戦略に成功したヒラリーと失敗したトランプ)。
実際、ネイト・シルバーが主宰する統計サイト「FiveThirtyEight」の勝敗予測では、討論会直後の28日は57.9対42.1で、討論会前日(25日)の57.8対42.2とほぼ変わらなかった。
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しかし、討論会後の共和党候補ドナルド・トランプ氏は、わざわざ自ら負けを認めるかのように、「マイクの音が小さかった」、「司会者がクリントンびいきだった」、「手加減した」などと言い訳を並べ、第一回討論会で狙った大統領としての資質が自身にないことを露呈した。
第一回討論会でヒラリー氏に批判された女性蔑視発言に対しても、トランプ氏はTwitterで元ミスユニバースのアリシア・マチャド氏の「彼女のセックス動画を見てみろ」と罵倒、多くのメディアから批判された。
その後も、18年間納税から逃れていることが報道され、トランプ氏の慈善財団である「トランプ財団」は無届けで寄付金を集めていたとして、ニューヨーク州から活動停止の命令を下された。
10月5日には、1857年に創刊されたアメリカを代表する老舗の雑誌「Atlantic」が、過去3度目となる候補者支持を表明(過去には1860年にリンカーン、1964年にリンドン・ジョンソンを支持)。トランプ氏の不支持を明らかにした。
この時点で、討論会直前は拮抗していた激戦州だが、ほぼ全てでヒラリー氏の支持率が上回る結果となった。フロリダ州は2ポイント差が開き、ずっとトランプ氏が勝っていたオハイオ州までヒラリー氏が逆転した。
この変動の大きな理由は、有権者の4割近くを占める無党派層の動きにある。
CNNの調査では、先月まで無党派層は48%がトランプ氏を支持し、ヒラリー氏が28%と大きく差が開いていたが、10月3日時点でヒラリー氏が44%、トランプ氏が37%と大きく変動。
米キニピアック大学が7日に発表した世論調査では、ヒラリー氏の支持率が46%と討論会前(26日)に発表した35%から11ポイント上昇した一方、トランプ氏は32%と、10%下落した。
さらに、トランプ氏の中心的な支持層である高卒以下の白人も、トランプ氏が44ポイント差でリードしていたが、21ポイント差に縮小した。
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そして、次期大統領はヒラリー氏で決まったと確信させたのが、7日にWashington Postが公開した、トランプ氏の女性蔑視発言が映った映像だ。
2005年9月に撮影された3分間にわたるこの映像では、トランプ氏が、「俺は金持ちで有名人だから、プッシー(女性器を表す俗語)をさわることなんて簡単にできる」などと発言。
トランプ氏は釈明を述べたが、もはや手遅れとなった。
大統領選挙と同日に行われる上下両院選への影響を避けたい共和党幹部からも完全に見放され、共和党ポール・ライアン下院議長は「気分が悪くなる」と批判し、8日の合同演説会への出席をキャンセル。
他にも、20名以上の共和党議員がトランプ支持を取り下げた。元々共和党の主要政治家でトランプ氏に投票しないと言っているのが110人もいるにも関わらず、である。
そして、もはや笑えるレベルだが、副大統領候補になっているマイク・ペンス インディアナ州知事も「彼を擁護することはできない」と見放す態度を取っている。
ヒラリー氏も即座にTwitterで「これはひどい。この男を大統領にさせることはできない」と批判。9日に行われる第二回討論会でも話題に出して批判することだろう。
もちろん、残り2つの討論会でヒラリー氏が大きな事故を起こす可能性はなくはないが、ほぼ間違いなく結果は決まったと思われる。
なぜなら、トランプ氏は大統領として最も重要な思想への信頼を損なったからだ。
ここで確認しておきたいのが、アメリカ国民にとって大統領というのは精神的支柱という点だ。宗教国家であるアメリカにとって、大統領は国家統合の象徴的存在であり、尊敬の対象となる。
立法権のない大統領の大きな役割は、国民を説得することにある。政策理解や実務能力は二の次となる。重要なのは、信頼できるかであり、カリスマ性があるかないかだ。
アル・ゴアとブッシュ息子のように、討論で勝っても、態度が傲慢だと評価されれば、大統領になることはできない。
白人至上主義だけであれば、白人の尊敬の対象になり得たかもしれないが、そこに女性蔑視まで加わってしまえば、これ以上支持を伸ばすことは難しいだろう。
当然ながら、白人男性だけの票では勝つことはできない。
同時に、ヒラリー氏が嫌われるのは、人間味がないからだ。彼女の完璧なまでのスピーチ、悪くいえばロボット的なスピーチ、からは本音を感じ取ることは難しく、心の底から信頼することができない。本人にとっては災難であるが、夫で元大統領であるビル・クリントン氏のことを信じて不倫の噂は嘘だと述べたばかりに、嘘つきだとも言われる(ビル・クリントン氏の好感度がいまだに高いのも皮肉だ)。
また、保守派を中心に、女性は男性を支えるものというイメージ像は強く、ヒラリー氏はそれに反している、というのもある。
トランプ氏の映像に隠れてあまり話題になっていないが、7日にウィキリークスが暴露したヒラリー氏のメールの中には、ウォール街の企業向けに行った講演記録が書かれており(1回の講演料は22万5千ドル=約2300万円)、金融業界との癒着も疑われる。
しかし、それでも白人至上主義者と女性蔑視者に比べれば、断然マシだろう。
第三回討論会は共和党支持のFOXニュース主催だが、第二回はヒラリー氏が慣れているタウンホール形式だ。
唯一と言っていいぐらいの不安材料は、ヒラリー氏の支持者がきちんと投票に行ってくれるかだが、民主党の分厚い支援を得て地上戦を展開しており、その心配もほとんどない。
一方、トランプ氏は、今回の女性蔑視で共和党からの支援を得ることがさらに難しくなり、トランプ氏支持の無党派層がどれだけ投票に行くかもわからない。もはやトランプ陣営も諦めたのか、激戦州であるフロリダ州、ノースカロライナ州、オハイオ州でCMをキャンセルしたという記事も出ている。またこれと関連して、大統領選からの撤退を検討しているという話も出ているほどだ。
これまでずっと”予想外”のことが起きてきた大統領選だが、ここまで材料が揃えばさすがに勝敗は決したように思える。
※本記事は転載となります。オリジナル記事をご覧になりたい方はこちらからご確認ください。
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