さて、対してヒラリー氏は「経済格差」と「多様性の実現」にどう向き合うのでしょうか。
トランプ氏が市場を信頼するのに対して、ヒラリー氏は市場に「懐疑」的です。2008年以降に起きたリーマンショックは、富裕層への減税政策を含め、市場に任せすぎた結果起きたものだと考えていることから、「小さな政府」ではまたもやアメリカ経済は失速すると主張します。そして、ヒラリー氏はむしろ「超富裕層への課税」を提言しています。実はヒラリー氏も経済格差の弱者の代弁を行っていて、結局は99%の人々の富を1%の人間が握っていることはおかしいと言っているんですね。また、最低賃金を引き上げようとしているのも、市場原理だけには任せたくないというヒラリー氏の価値観が見て取れます。
他方で、逆に多様性という観点では、ヒラリー氏は移民やイスラム教徒への「信頼」を強く持っています。トランプ氏が移民やムスリムの方へ暴言を吐いた際には、きっちりと対立候補らしく、「私はあなた方ムスリムと同じアメリカ人であることを誇りに思います。」などの発言を繰り返してきました。これはヒラリー氏が政治家として120カ国以上を渡り歩き、様々な文化圏の方々と触れ合わざるを得なかったこと、そして寛容性を通じた理解が可能であることを経験してきたから持つ価値観だと思われます。
このように、両者はお互いに抱いている懐疑と信頼がちょうど交差するようになっていて、非常に対照的な候補者なのです。ただし、冷泉彰彦氏が著書『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』で述べられているように、「市場への信頼」は「政府への懐疑」、「市場への懐疑」は「政府への信頼」へと言い換えることができます。そう考えると実はトランプ氏は「懐疑」を根底の価値観とする共和党候補者として、ヒラリー氏は「信頼」を根底の価値観とする民主党候補者として、ふさわしい主張をする候補者なのですね。
二大政党制が実現しているアメリカでは、日本の「組織票」とは少しニュアンスは異なるものの、選挙の時期にかかわらず、常に民主党に投票する人(州)、共和党に投票する人(州)は一定数あって、選挙の行末を決めるのは無党派層(Swing Voter)と激戦州(Swing States)です。では、このような現状に対して、無党派層(どちらの候補に投票するか迷っている、揺れているという意味で”Swing Voters”と言われます)は何を考えているのでしょうか。
無党派層が抱いているのは、両候補者への小さくない「懐疑」です。
トランプ氏に対しては、これはもう言わずもがなですが、政治的手腕への「懐疑」です。本当に彼は大統領としてホワイトハウスを動かせるのか。ホワイトハウスを動かし、アメリカ軍を動かし、外交を行い、内政を安定させるには、緻密な計算、根気強い交渉と根回し、微妙な折衝を繰り返し続けなければなりません。そのようなリーダーとして彼を選んでよいのかという「懐疑」です。
他方で、ヒラリー氏に対しては、あまりにも長く政治家として働いていることへの「懐疑」です。彼女は超富裕層へ課税をして、再分配を強化すると言っていますが、実はその超富裕層から最も多く献金を受けているのはヒラリー氏です。なんという矛盾、皮肉でしょうか。まるで口だけ言っているかのようですよね。そして、オバマ政権のもとでISISを生み出し、シリア情勢を取り返しのつかないことにしてしまったヒラリー元国務長官(これはトランプ派のキャンペーンの一つですが)への懐疑です。
副大統領候補の討論会を見ていると、マイク・ペンス氏が丁寧にトランプ氏の主張を意訳してくれたおかげか、かなりフラットに両陣営を眺めることができるようになりました。しかし、このように政策と争点を冷静に見るのは、ほとんどいません。リーダーとしての人格、人柄、リーダーシップという点を、有権者はみているのです。政策に票が集まらないのが良いことではありませんが、それ以上に、その人格に票が集まらないようなリーダーは大統領にはなれないのです。
徐東輝@マイアミ
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