【鹿児島市長選挙】畠山理仁の現地ルポ!「政治家は『どこにいるかわからない有権者』への訴えを、決してやめてはいけない」

2020/12/22

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地方選挙

現地ルポ・インタビュー

畠山理仁

選挙に大切な3つの「時」

【鹿児島県の県都である鹿児島市の人口は約60万人。写真は鹿児島市役所本館】

【鹿児島市長選挙のポスター掲示場。4候補で争われるのは16年ぶり】

 選挙は時代を映す鏡である。それゆえ3つの「時」が大切だ。「時間」「時流」「時運」──。これらすべてを味方につけた者でなければ選挙に勝つことは難しい。
 日本の選挙運動期間は短い。だから「時間」との勝負になる。有権者の心をつかむには「時流」をとらえることが必要だ。そして、やるべきこと、やれることをすべてやった者にだけ「時の運」が転がり込んでくる。
 私がそのことを強く感じたのは、鹿児島市長選挙で当選した下鶴隆央の選挙を見たからだ。
 投票日が2日後に迫った11月27日金曜日の夕方17時すぎ。私は鹿児島市内北部に位置する大型スーパー・「タイヨー花棚(けだな)店」の前にいた。あと10分もすれば、ここに下鶴がやってくる。
 市内を南北に走る県道16号線は片側2車線で交通量が多い。金曜日の夕方は買い物客の出入りも増える。間違いなく不特定多数の目に止まる時間と場所である。有権者を乗せた車が勝手に街宣車に近寄ってくるのだから、抜群に効率がいい。
 私が強風の中で立っていると、揃いの羽織に身を包んだ男女5人が緑色の「のぼり旗」を持ってやってきた。羽織の柄は「緑と黒の市松模様」だ。
 ピンと来た人もいるだろう。これは人気マンガ『鬼滅の刃』の主人公・竈門炭治郎(かまどたんじろう)を想起させる羽織だ。しかも、一度に5人いる。これだけいれば遠くからでも目立つ。彼・彼女らが手にしている旗には「若さでつくる 新しいかごしま 40歳」と書かれていた。
 選挙において、各候補がイメージカラーを打ち出すことはよく知られた戦術だ。その目的は、短期間で有権者への認知度を高めること。もう一つの理由は、公職選挙法が候補者の名前を掲示することに多くの規制を設けているからである。
 投票所で有権者に名前を書いてもらうためには、少しでも多くの「引っ掛かり=フック」があったほうがいい。街中で多く目撃した色と候補者の名前を結びつける作戦がイメージカラーなのだ。
 今回、下鶴陣営のイメージカラーは緑だった。事務所や街宣車の看板は緑を基調としており、ポスターの背景色も緑。通常であれば、スタッフは廉価な緑一色のジャンパーを着れば事足りる。
 しかし、下鶴陣営は緑色のスタッフジャンパーの上に、あえて「緑と黒の市松模様」を重ねていた。
 一部の市民からは「遅れてきたハロウィン」という揶揄も聞こえてきたが、市長選挙は7日間しかない。一瞬で存在を認識してもらうためには、利用できるものは何でも利用する。そんな意識が見て取れる。下鶴が大切にしていたのは「時流」である。


【11月27日金曜日の夕方にスーパー前で演説をする下鶴隆央】

最も早い出馬表明が奏功した

【11月28日土曜日、鹿児島中央駅前東口広場で行われた下鶴陣営の演説会】

 複数の候補者が立つ選挙において、差別化は重要だ。その点、下鶴は「時運」にも恵まれていた。文字でプロフィールを読むだけで、他候補との違いが際立つ存在になっていたからだ。
 今回の鹿児島市長選挙に立候補したのは次の4人(届出順)。候補者が4人いる市長選挙は、現職の森博幸市長が初当選を果たした2004年以来、16年ぶりのことだ。

上門秀彦(うえかどひでひこ・66歳) 前市議 無所属=自民県連推薦
松永範芳(まつながのりよし・63歳) 前副市長 無所属=社民県連合推薦
下鶴隆央(しもづるたかお・40歳) 前県議 無所属
桂田美智子(かつらだみちこ・67歳) 元市議 共産公認

 まずは下鶴の年齢が目を引く。候補者のなかで唯一の40代。政党や組織の推薦を受けない完全無所属候補も一人だけだ。その上、地元の名門「ラ・サール高等学校」から「東京大学法学部」へと進んだ経歴は、今年7月の県知事選で初当選を果たした塩田康一鹿児島県知事や伊藤祐一郎元知事とも共通していた。鹿児島の人たちにとっては「安心できる経歴」(40代女性)なのだという。

 そんなことを考えながら待っていると、下鶴の街宣車が県道を南下してきた。すばやく停止した街宣車からも羽織姿のスタッフが降りてきた。竈門炭治郎だらけだ。
 スーツ姿の下鶴は片手でマイクを持つと、白い手袋をしたもう一方の手を高く掲げて手を振りながら演説を始めた。まずは県道を通り過ぎる車に向かって語りかける。
「下鶴隆央、下鶴隆央、これからの鹿児島市をつくる下鶴隆央、お訴えをさせていただきます」
 これでもかというくらいに名前を名乗る。演説の途中でも「下鶴隆央は」と主語を入れることを忘れない。誰も聞いていない覚悟で行う街頭演説においては基本中の基本である。
「動け! 鹿児島市。『このまま』よりも『これから』を!」
 ポスターにあるキャッチフレーズもたびたび繰り返した。演説内容は極めてシンプルで複雑な話はしない。立ち位置は変えないが、フレーズごとに体の向きを変える。県道を走る車からスーパーの駐車場まで、ぐるりと360度に向けて演説したことになる。
 8分ほどの演説を終えると、下鶴は道行く人たちとグータッチを重ねた。
「ようやく、ようやく、(他候補の)背中が見えるところまで来ました!」
 通りすがりの有権者にさらなる支援を呼びかけて見送ると、下鶴はすぐに次の街宣場所へ移動する準備を始めた。スポット演説はどこも短い。10分程度で演説を済ませ、回数を重ねる作戦だ。私がカメラを構えたまま近づくと、下鶴は私が誰であるかに気づいたようだった。
「お久しぶりです! まさか、こげなことになるとは思わなかったとです」
 私は過去に一度だけ下鶴と話をしたことがあった。
 今年8月下旬、私は塩田康一県知事の定例記者会見に出席するために鹿児島を訪れた。その際、無所属の県議だった下鶴の事務所を訪ね、県政の課題について話を聞いていた。それは下鶴が7月の県知事選で、元職の伊藤祐一郎を応援していたからだ。その時点では、鹿児島市長選の話題はまったく出なかった。
「まさか市長選挙に立候補されるとは思ってもいませんでした!」
 今回、私がそう呼びかけると下鶴は笑った。
「僕も思ってなかった!」
 そう言って車に足を向けた後、すぐに振り返って付け加えた。
「あの時、黙ってたわけじゃないですからね! 僕も決めてなかったから。まったく思っていなかったんで!」
 下鶴が鹿児島市長選挙に立候補する意向を表明したのは9月14日のことだった。市長を4期務めた現職の森博幸が9月4日に不出馬を表明してから10日後。今回立候補した4人の中では、松永と並んで早かった。選挙までの「時間」をもっとも長く確保した候補者の一人が下鶴だった。
 一方、鹿児島市議になって32年5カ月、市議会議長も経験した上門は出遅れた。出馬の意向が明らかになったのは、下鶴と松永の2日後。しかもこの時、自民党市議団からは、団長の上門秀彦と副団長の仮屋秀一の2名が出馬表明する異例の事態となった。
 その後、自民党が推す候補は上門に一本化されたものの、反発した市議が会派を離脱。上門以外の候補者を支援する分裂選挙となっていた。

出陣式の人数と選挙結果の関係

【11月27日金曜日夜、鹿児島中央駅前東口広場で行われた松永陣営の演説会】

 新型コロナウイルス感染症の拡大を機に、選挙のあり方は大きく変わろうとしている。
 従来のように室内で大きな集会を開くことは難しくなった。有権者と濃密な接触をする機会も減った。そのため、組織的な選挙運動の影響力は以前よりも弱まっている。組織の力が生きるとすれば、これまでに蓄積された人間関係を頼った投票依頼となる。
 何が言いたいか。それは組織を持たない候補者にも勝ち目が出てきた、ということだ。新型コロナ禍により、顔と顔をあわせる選挙運動がやりにくくなっている。戸別訪問もはばかられる。つまり、候補者を近距離で強烈に押し出す機会が大幅に減っている。
 その中で価値を高めているのがSNSを通じた空中戦だ。有権者との接触機会が限られているのなら、感染拡大の心配がないインターネットを活用するしかない。インターネットの世界であれば、組織を持たない無所属候補も同じ土俵で戦える。
 ここで、今回の市長選挙に立候補した4人の出陣式に集まった人の数を比較してみる。数字はいずれも鹿児島テレビ(KTS)の報道によるものだ。

上門秀彦 700人
松永範芳 850人
下鶴隆央 300人
桂田美智子 90人

 出陣式に支援者が何人集まるかは、従来型選挙では大きなポイントだった。一番多くの人を集めたのは、選挙中に現職の森博幸市長が何度も応援に入った松永。それに自民党の推薦を受けた上門が700人で続いた。下鶴は半数以下の300人に過ぎなかった。
 しかし、最終的な獲得票数は次のような結果となった。

上門秀彦 29,909票
松永範芳 70,014票
下鶴隆央 80,553票
桂田美智子 7,216票

 投票率は過去最低だった前回2016年(25%)を上回る38.16%。候補者が少なければ『信任投票』の色が濃くなるが、今回は4人が立候補して『選択型』の選挙になった。それも投票率を押し上げた要因の一つと考えられる。
 ちなみに、過去の鹿児島市長選挙における候補者数と投票率の推移は次のとおりである。

2004年(候補者4人/投票率40.76%)
2008年(候補者2人/投票率25.47%)
2012年(候補者3人/投票率33.47%)
2016年(候補者2人/投票率25.00%)
2020年(候補者4人/投票率38.16%)

【11月27日金曜日夜、鹿児島中央駅前東口広場で行われた松永陣営の演説会。熱心な支援者も現れた】

組織の支援を受けた候補たちの戦い

【11月28日に天文館で行われた松永陣営の街頭演説。松永の右隣が森博幸市長。この後、森市長はスタッフジャンパーを来て街宣車に同乗。マイクを握って松永への支援を呼びかけた】

 選挙では、どの陣営もやれることはすべてやろうとする。勝つために必死だ。だから選挙の現場では、思いがけない瞬間との出会いがある。
 元副市長の松永には強力な応援団がついていた。4期16年を務めた現職の森博幸市長だ。森は10月15日の事務所開きにも出席し、「松永さんが次期市長にもっともふさわしい」と挨拶をしていた。事務所開きでは塩田県知事からのメッセージも紹介された。松永は塩田が7月の県知事選で事務所として使っていた物件を選挙事務所にしていた。
 選挙戦の最終日、松永は鹿児島市内の繁華街・天文館で大きな集会を開いている。アーケードの下には松永が到着する前から多くの人が集まっていた。そこに滑り込んでくる街宣車のアナウンスを聞いて私は驚いた。
「松永でーす! 松永ノリノリのりよしです! 松永ノリノリのりよしです!」
 ノリノリのりよし!?
 街宣車が目の前を通り過ぎた時、マイクを握る人物の顔を見てさらに驚いた。なんと、必勝のはちまきを締めた松永本人が「松永ノリノリのりよしです!」と叫んでいた。
 聴衆が大きな拍手で松永を迎え入れると、スーツ姿の森市長が遊説隊に合流。ウグイス嬢は大きな声で松永を紹介した。
「マスクがまだ手に入らなかった時に、『市長、市民に5枚、早くマスクを渡しましょう。保育園、幼稚園、児童クラスに消毒液をいち早く届けましょう』と声をかけたのが松永のりよしです!」
 それに呼応する形で聴衆が拍手する。地元出身の俳優・西田聖志郎、そして森市長の応援演説が終わると、さらにウグイス嬢が聴衆を盛り上げる。
「今日の南日本新聞に載っておりました! リーダーとして尊敬する著名人、その第3位に、森市長の名前が上がっておりました。こんな素晴らしいリーダーから、しっかりバトンを受け取って、ゼロからスタートするのではなく、同じ速さで、全速力で鹿児島を担っていきます」
 これは嘘ではない。確かに森市長は「リーダーとして理想の著名人」ランキングの第3位に名前が挙がっていた。私も実際に南日本新聞の記事を見た。しかし、記事には名前を挙げた人の数も載っていた。その内訳を見ると、このアナウンスから受ける印象は少し変わるかもしれない。実際の新聞に載っていたランキングは次の通りである。

 1位 吉村大阪府知事=12人
 2位 橋下徹=8人
 3位 森博幸、田中角栄、小泉純一郎、池上彰=5人
 4位 西郷隆盛=4人
 5位 鈴木北海道知事、工藤公康、イチロー=3人

 ウグイス嬢の勢いあるアナウンスに続いて松永はマイクを握った。
「松永のりよし、松永ノリノリのりよしでございます。今、まさにノッております。松永のりよしでございます!」
 演説場所は土曜日の繁華街。しかし、聴衆にはスーツにネクタイ姿の人が目立っていた。

LINEやYouTubeへの反応

【桂田美智子は市長選挙3度目の挑戦。団地を中心にきめ細かく演説を重ねていた】

 私には鹿児島在住の友人がいる。彼には市長選前から協力を仰ぎ、地元紙・南日本新聞に掲載された市長選関連の記事をスクラップしてもらっていた。
 選挙期間中の朝刊には、その日に予定される各陣営の「主な動き」が掲載されている。その記事を告示日からチェックしていた私は、11月26日の「主な動き」を見て驚いた。桂田陣営の予定として、びっくりするような情報が書かれていたのである。
「桂田氏は休み。」
 思わず二度見した。しかし、新聞に印刷された文字は変わらない。繰り返しになるが、市長選挙は7日間しかない。桂田陣営は代理弁士を立てていたが、なにか重大な問題でも生じたのかと心配になった。
 しかし、私が選挙戦最終日に現地で見た桂田は、元気いっぱいに演説していた。桂田は団地を中心に、一日に何カ所も細かく回っていた。決して手を抜いていたわけではない。
 私はもちろん自民党が推薦する上門秀彦の活動も現地で見ている。上門の活動を見たのは選挙戦最終日の午前と午後の2回。いずれも豪華な顔ぶれによる街頭演説だった。上門は自身の街宣車に自民党鹿児島県連が所有する大型街宣車「あさかぜ」を伴い、車上から演説を行なった。
 午前中に行われた鹿児島中央駅での演説には、次期衆議院議員総選挙で鹿児島1区の公認を争う2人が車上に現れた。宮路拓馬衆議院議員(比例九州ブロック)と、前回総選挙で鹿児島1区から出馬して落選した保岡宏武だ。2人の演説を聞けたことで、次期総選挙取材のポイントが見えた気がした。
 新型コロナ禍での選挙では、SNSの重要性が増している。上門の演説で気づいたのは、自民党がしっかりとSNSを活用しようとしていたことだ。
「みなさん、ビラの後ろをみて下さい。そこにQRコードがあります。LINEのお友だち登録をぜひお願いします!」
 午前中に行われた鹿児島中央駅での街頭演説で、マイクを持って前説をする男性が力強く叫んだ。ところが会場に集った人びとの多くは年配の男性が多く、呼びかけに反応する人は少ない。
 私がさっそくQRコードを読み込んで「お友だち」登録すると、LINEの画面に上門の公式サイトへのリンクやマニフェスト、ツイッターやFacebookのリンクが表示された。
 よく見ると魅力的なコンテンツが盛り込まれている。
「漫画うえかどサイド物語(ストーリー)」
「あの曲がきけるよ! うえかどさん」
 漫画は全4ページでオールカラー。上門のこれまでの歩みが描かれていた。
 そして、もっと気になったのが「あの曲」だ。
 なんだろうと思ってリンク先に飛んでみると、YouTubeからギターのイントロが流れてきた。上門が32年前の初選挙のときから使っているテーマソング「うえかどSAN」だという。

 一度聴いたら頭の中で何度もループする印象的な曲だ。しかし、残念ながら再生回数は800回ほどにとどまっている。ちなみに私は50回以上聴いてしまった。それくらいクセになる曲なのに、YouTubeでわざわざ聴いている人が少ない。あまりにももったいない。
 ちなみに今回の鹿児島市長選挙に立候補した4人のうち、LINEを使っていたのは上門だけだ。上門はツイッターとFacebookとLINE、下鶴はツイッターとFacebook(※下鶴も漫画で政治家としての半生を紹介していた)。松永はツイッターとFacebookとInstagram、桂田はFacebookを使っていた。
 どうやら、上門の街頭演説に集った支援者とLINEを使う層は合致していないようだった。それでも挑戦は悪いことではない。自民党は過去にもネットサポーターズクラブを早くから立ち上げ、ネット上でアクティブな活動をする支持者を増やしてきた。その意味では、なんでもやる。この姿勢は他の候補者も学ぶところがあるのではないだろうか。
 上門が午後に行った天文館での街頭演説には、自民党鹿児島県連会長である森山裕国対委員長も同席し、車上から応援演説を行なった。午前中に応援演説をした宮路は午後も車上で応援演説を行なった。しかし、ここでは保岡の出番は訪れなかった。

【選挙戦最終日、上門秀彦は天文館で街頭演説を行なった。森山裕国対委員長も車上で応援演説】

【選挙戦最終日・天文館での演説を終え、遊説に出発する上門秀彦】

投票前日に聞いた正直すぎる感想

【選挙戦最終日の夜。上門秀彦事務所の様子】

 選挙戦最終日、マイクが使える20時を過ぎた後に上門の選挙事務所を訪ねた。陣営が今回の選挙戦をどう見ているかを聞くためだ。
 事務所の外ではスタッフがのぼり旗を手に、通り過ぎる車に手を振り続けていた。マイクは使えないが、最後の最後まで支持を訴えている。その姿を眺めてから事務所に入って話を聞くと、こんな答えが返ってきた。
「厳しい。本当に厳しい。今回はどこも『勝った』と言えんのじゃないですか?」
 私は長い間、選挙の取材をしている。しかし、自民党が推す陣営で、投票日前にここまで正直すぎる感想を聞いたのは初めてだ。それほど苦戦しているということなのか。
「出口調査では下鶴さんがリードしているようですが、今、一生懸命ラストスパートをやっています」
 私は上門の事務所を訪ねる前、下鶴の事務所で「マイク納め」の集会を見てきたばかりだった。下鶴陣営には「手応えを感じている」という上向きの空気があった。その直後だけに、あまりの落差に衝撃を受けた。
 下鶴は事務所でマイク納めの集会をした後、すぐに繁華街の天文館に繰り出し、マイクを使わずに最後のアピールをしていた。その後、再び事務所に戻ってからは、SNSを活用したライブ配信も行なった。視聴者は決して多いとは言えないが、限られた時間、限られたツールを最後まで活用しようとしていた。
 今回の選挙戦で、印象に残った鹿児島市民の声がいくつかある。一つは森市長に対する評価だ。
「森さんは特に悪いところはない。でも、飛び抜けていいところがあるかと言われると、そういうわけでもない」(70代男性)
 もう一つは、市長選挙への関心の低さを示すものだ。
「そんなに争点になるようなことが思い浮かばない」(40代女性)
「7人も出ているから選べない(※筆者注・市長選の候補者は4人だが、同時に行われた市議補選には7人が立候補していた)」(50代女性)
 私の心にもっとも印象深く刻まれたのは次の言葉だった。
「選挙のときだけ名前を言われてもねえ」
 鹿児島市内の繁華街、天文館で話を聞いた30歳の女性は私にそう言った。市長選挙に誰が出ているかは「知らない」という。「知っている政治家は誰かいるか」とたずねると、意外な名前が出てきた。
「川内博史衆議院議員かな。初詣で照国神社に行くと、毎年名刺を配っている。毎年もらいます」
 川内は松永の事務所に「祈 必勝」の「為書き」を寄せていた。しかし、彼女は川内が松永を応援していることを知らなかった。
 その川内に続いて出てきた政治家の名前に、私はさらに仰天した。
「あとは東京都知事選に出ていた『スーパークレイジー君』ですね」
 意外すぎて声が出た。もちろん飛沫が飛ばないようにマスクはしていたが、なぜ、鹿児島で「スーパークレイジー君」なのか?
「あん人、宮崎の人でしょ。若い人が政治に関心を持ってもらいたいって都知事選に出たときから、ずっと気になっているんです」
 都知事選の後、スーパークレイジー君こと西本誠は都内や全国のクラブで営業活動をしている。鹿児島にも営業に来たのだろうか?
「鹿児島には来てない。でも、来てほしいなー、とは思ってます」
 この顛末をスーパークレイジー君にメールで伝えると、翌朝返信があった。
「まじですか! 笑笑」
 どこで誰が何を見ているかはわからない。行動には必ず意味がある。
 また、別の40代男性から聞いた言葉にも唸らされた。
「鹿児島市長は長い間、市役所出身の人が続いていたんです。今の森さんは4期16年。その前の赤崎義則さんは5期20年。今回の市長選も、市民の間では盛り上がっていませんでした。皮肉な言い方に聞こえるかもしれませんが、『選挙で市長が選べるんだ』ってことに鹿児島市民が気づくには、まだまだ時間がかかるのかもしれませんね
 日本人は、もっと選挙を活用したほうがいい。

20時に「下鶴当確」を打ったのは1社だけ

【選挙戦最終日の松永範義選挙事務所。7月の県知事選では塩田康一の事務所として使われた】

【下鶴隆央は4候補者中、市役所から一番離れた鹿児島市内南部の地元「谷山」に事務所を構えた】

 投票が締め切られる20時をどこの事務所で過ごすか。それは選挙取材の肝である。いつもぎりぎりまで悩むのは、「当選の瞬間」を見逃したくないからだ。
 しかし、今回の選挙では、前日から下鶴事務所に行くことを決めていた。
 情勢調査で有利だと伝えられていたこともある。事務所が市役所からもっとも遠い場所に位置していたこともある。しかし、最大の理由は、政党や組織の支援がない候補者の結末を見届けたいと考えたからだった。
 開票が始まるのは21時30分。出口調査で大差がついていれば、20時ちょうどにメディアが当確を報じる「ゼロ打ち」の可能性もある。私は19時から下鶴事務所に詰め、「その時」を待った。
 下鶴事務所には私よりも先に多くの支援者が集まり始めていた。パイプ椅子に座った高齢の男性が、ニコニコしながらも落ち着かない様子で待っている。
「まあ、ミカンでも食べて待とう」
 男性はポケットから小さなミカンを取り出すと、周りの人たちにも配り始めた。1個、2個……。みんな素直に受け取る。
「どう?」
 3個、4個……。配っても、配っても男性のポケットからはミカンが出てきた。いったい、ポケットに何個ミカンが入っているのか。
「へへへへ。興奮してポケットに入るだけ詰めてきたんだ」
 小さめのミカンだった。しかし、少なくとも8個は入っていたことが目視できた。
 鹿児島市の人口は約60万人。県都の首長選挙であるため、地元メディアの注目度は高い。地上波では開票が始まる21時30分以降に開票特別番組の予定が組まれていたが、インターネットでは20時から開票特番を配信するメディアもあった。
 下鶴事務所ではそのうちの一つ、KYT鹿児島讀賣テレビのインターネット生配信を大型ディスプレイに映し出していた。
 そして迎えた20時。地元メディアで唯一、KYT鹿児島讀賣テレビだけが「下鶴当確」を「ゼロ打ち」すると、事務所に集まった支援者から拍手と歓喜の声が上がった。
 しかし、開票はまだ始まっていない。事務所から「NHKの当確が出るまでは候補者は来ませんよ」とアナウンスがあると支援者も少し落ち着いた。
 その間、インターネット中継の画面には、他陣営の事務所中継映像も流れた。画面を見る限り、支援者の姿はほとんど映らない。有権者は「空気」に敏感だ。一方、下鶴事務所には次から次へと支援者が集まってきた。
「松永さんと上門さんの事務所がかわいそうになってきた。人がいなくて……」
 パイプ椅子に座る下鶴の支援者からはそんな声も聞かれた。
 23時を回り、開票率が70%を超えた段階で、下鶴と松永の間には1万票以上の差があった。それでもKYT以外は当確を打たなかった。結局、NHKが当確を出したのは23時9分すぎのことだった。

無所属候補が激戦を制した理由

【NHKも「下鶴当確」を報じた後、支援者とバンザイをする下鶴隆央】

 NHKが当確を打つと、近くで待機していた下鶴が事務所に入ってきた。支援者が大きな拍手で迎え入れる。花束を受け取ると、すぐにマイクを持って地元メディアのインタビューに応じた。そして、おきまりの万歳三唱。当選祝のケーキに灯したろうそくの火を吹き消すセレモニーもあった。
 私は下鶴に聞きたいことがあった。それは今回の「38.16%」という投票率をどう考えているかだ。私がカメラを向けて質問すると、下鶴はこう答えた。
「候補者の一人として、もっともっと関心を持っていただく努力をしなければならないと思います。市長になってからも、もっと皆様のお近くに自ら足を運んで、興味を持っていただけるような取り組みをしなければならない。そういう思いを持っています」
 今回、下鶴は8万553票を獲得して当選した。しかし、鹿児島市の有権者総数49万5148人に占める「絶対得票率」は約16.2%だ。「相対得票率」は42.9%。この数字が次の選挙でどうなるかは、12月23日の市長就任後の仕事ぶりにかかってくる。
「次の選挙で、より多くの方に期待していただけるように仕事に邁進するというのが政治家の務めであります。そこはしっかりと取り組んでいきたい」
 4年後の投票率は何%にしたいと考えているのか。
「やはり、50(%)まではいってほしいですよね」
 昨今の投票率を見れば、現実的な数字ではある。しかし、目標はもっと高くてもいい。
 最後にもう一問聞いた。組織を持たない人でも選挙に勝てる秘訣はあるのだろうか。
「私も教えていただきたいぐらいなんですけれども(笑)。やはり、市民の皆様が何を期待されているのか。そこにしっかりと寄り添って、方向性を詰めていく。それが政治家の役目であり、やるべき道なんじゃないかと思います」
 私は知っている。下鶴は2011年に初当選した県議時代から、自身の選挙区である鹿児島市内で県政報告会を重ねてきた。それも一部の支援者向けではなく、インターネットやチラシなどで一般に広く告知してきた。
 参加者がなかなか集まらず、「ゼロ」のときもあった。平均参加者が3、4人の時代もあった。私の知人夫妻が参加した時は2人だけだったとも聞いた。
 それでも報告会を開き続け、市内を何周もした。コロナ禍においては、ZOOMでのリモート報告集会にもチャレンジした。
 無所属候補である下鶴が厳しい選挙戦を勝ち抜いた理由はここにあるのではないか。
 政治家は「どこにいるかわからない有権者」への訴えを、決してやめてはいけないのだ。
(文中敬称略)

【当選後、筆者の質問に答える下鶴隆央】

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畠山理仁

フリーランスライター。第15回開高健ノンフィクション賞受賞作『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)著者。他に『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』(集英社)など。興味テーマは選挙と政治家。

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