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【鹿児島市長選挙】畠山理仁の現地ルポ!「政治家は『どこにいるかわからない有権者』への訴えを、決してやめてはいけない」

2020/12/22

畠山理仁

畠山理仁

最も早い出馬表明が奏功した

【11月28日土曜日、鹿児島中央駅前東口広場で行われた下鶴陣営の演説会】

 複数の候補者が立つ選挙において、差別化は重要だ。その点、下鶴は「時運」にも恵まれていた。文字でプロフィールを読むだけで、他候補との違いが際立つ存在になっていたからだ。
 今回の鹿児島市長選挙に立候補したのは次の4人(届出順)。候補者が4人いる市長選挙は、現職の森博幸市長が初当選を果たした2004年以来、16年ぶりのことだ。

上門秀彦(うえかどひでひこ・66歳) 前市議 無所属=自民県連推薦
松永範芳(まつながのりよし・63歳) 前副市長 無所属=社民県連合推薦
下鶴隆央(しもづるたかお・40歳) 前県議 無所属
桂田美智子(かつらだみちこ・67歳) 元市議 共産公認

 まずは下鶴の年齢が目を引く。候補者のなかで唯一の40代。政党や組織の推薦を受けない完全無所属候補も一人だけだ。その上、地元の名門「ラ・サール高等学校」から「東京大学法学部」へと進んだ経歴は、今年7月の県知事選で初当選を果たした塩田康一鹿児島県知事や伊藤祐一郎元知事とも共通していた。鹿児島の人たちにとっては「安心できる経歴」(40代女性)なのだという。

 そんなことを考えながら待っていると、下鶴の街宣車が県道を南下してきた。すばやく停止した街宣車からも羽織姿のスタッフが降りてきた。竈門炭治郎だらけだ。
 スーツ姿の下鶴は片手でマイクを持つと、白い手袋をしたもう一方の手を高く掲げて手を振りながら演説を始めた。まずは県道を通り過ぎる車に向かって語りかける。
「下鶴隆央、下鶴隆央、これからの鹿児島市をつくる下鶴隆央、お訴えをさせていただきます」
 これでもかというくらいに名前を名乗る。演説の途中でも「下鶴隆央は」と主語を入れることを忘れない。誰も聞いていない覚悟で行う街頭演説においては基本中の基本である。
「動け! 鹿児島市。『このまま』よりも『これから』を!」
 ポスターにあるキャッチフレーズもたびたび繰り返した。演説内容は極めてシンプルで複雑な話はしない。立ち位置は変えないが、フレーズごとに体の向きを変える。県道を走る車からスーパーの駐車場まで、ぐるりと360度に向けて演説したことになる。
 8分ほどの演説を終えると、下鶴は道行く人たちとグータッチを重ねた。
「ようやく、ようやく、(他候補の)背中が見えるところまで来ました!」
 通りすがりの有権者にさらなる支援を呼びかけて見送ると、下鶴はすぐに次の街宣場所へ移動する準備を始めた。スポット演説はどこも短い。10分程度で演説を済ませ、回数を重ねる作戦だ。私がカメラを構えたまま近づくと、下鶴は私が誰であるかに気づいたようだった。
「お久しぶりです! まさか、こげなことになるとは思わなかったとです」
 私は過去に一度だけ下鶴と話をしたことがあった。
 今年8月下旬、私は塩田康一県知事の定例記者会見に出席するために鹿児島を訪れた。その際、無所属の県議だった下鶴の事務所を訪ね、県政の課題について話を聞いていた。それは下鶴が7月の県知事選で、元職の伊藤祐一郎を応援していたからだ。その時点では、鹿児島市長選の話題はまったく出なかった。
「まさか市長選挙に立候補されるとは思ってもいませんでした!」
 今回、私がそう呼びかけると下鶴は笑った。
「僕も思ってなかった!」
 そう言って車に足を向けた後、すぐに振り返って付け加えた。
「あの時、黙ってたわけじゃないですからね! 僕も決めてなかったから。まったく思っていなかったんで!」
 下鶴が鹿児島市長選挙に立候補する意向を表明したのは9月14日のことだった。市長を4期務めた現職の森博幸が9月4日に不出馬を表明してから10日後。今回立候補した4人の中では、松永と並んで早かった。選挙までの「時間」をもっとも長く確保した候補者の一人が下鶴だった。
 一方、鹿児島市議になって32年5カ月、市議会議長も経験した上門は出遅れた。出馬の意向が明らかになったのは、下鶴と松永の2日後。しかもこの時、自民党市議団からは、団長の上門秀彦と副団長の仮屋秀一の2名が出馬表明する異例の事態となった。
 その後、自民党が推す候補は上門に一本化されたものの、反発した市議が会派を離脱。上門以外の候補者を支援する分裂選挙となっていた。

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畠山理仁

畠山理仁

フリーランスライター。第15回開高健ノンフィクション賞受賞作『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)著者。他に『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』(集英社)など。興味テーマは選挙と政治家。

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