

【選挙戦最終日の夜。上門秀彦事務所の様子】
選挙戦最終日、マイクが使える20時を過ぎた後に上門の選挙事務所を訪ねた。陣営が今回の選挙戦をどう見ているかを聞くためだ。
事務所の外ではスタッフがのぼり旗を手に、通り過ぎる車に手を振り続けていた。マイクは使えないが、最後の最後まで支持を訴えている。その姿を眺めてから事務所に入って話を聞くと、こんな答えが返ってきた。
「厳しい。本当に厳しい。今回はどこも『勝った』と言えんのじゃないですか?」
私は長い間、選挙の取材をしている。しかし、自民党が推す陣営で、投票日前にここまで正直すぎる感想を聞いたのは初めてだ。それほど苦戦しているということなのか。
「出口調査では下鶴さんがリードしているようですが、今、一生懸命ラストスパートをやっています」
私は上門の事務所を訪ねる前、下鶴の事務所で「マイク納め」の集会を見てきたばかりだった。下鶴陣営には「手応えを感じている」という上向きの空気があった。その直後だけに、あまりの落差に衝撃を受けた。
下鶴は事務所でマイク納めの集会をした後、すぐに繁華街の天文館に繰り出し、マイクを使わずに最後のアピールをしていた。その後、再び事務所に戻ってからは、SNSを活用したライブ配信も行なった。視聴者は決して多いとは言えないが、限られた時間、限られたツールを最後まで活用しようとしていた。
今回の選挙戦で、印象に残った鹿児島市民の声がいくつかある。一つは森市長に対する評価だ。
「森さんは特に悪いところはない。でも、飛び抜けていいところがあるかと言われると、そういうわけでもない」(70代男性)
もう一つは、市長選挙への関心の低さを示すものだ。
「そんなに争点になるようなことが思い浮かばない」(40代女性)
「7人も出ているから選べない(※筆者注・市長選の候補者は4人だが、同時に行われた市議補選には7人が立候補していた)」(50代女性)
私の心にもっとも印象深く刻まれたのは次の言葉だった。
「選挙のときだけ名前を言われてもねえ」
鹿児島市内の繁華街、天文館で話を聞いた30歳の女性は私にそう言った。市長選挙に誰が出ているかは「知らない」という。「知っている政治家は誰かいるか」とたずねると、意外な名前が出てきた。
「川内博史衆議院議員かな。初詣で照国神社に行くと、毎年名刺を配っている。毎年もらいます」
川内は松永の事務所に「祈 必勝」の「為書き」を寄せていた。しかし、彼女は川内が松永を応援していることを知らなかった。
その川内に続いて出てきた政治家の名前に、私はさらに仰天した。
「あとは東京都知事選に出ていた『スーパークレイジー君』ですね」
意外すぎて声が出た。もちろん飛沫が飛ばないようにマスクはしていたが、なぜ、鹿児島で「スーパークレイジー君」なのか?
「あん人、宮崎の人でしょ。若い人が政治に関心を持ってもらいたいって都知事選に出たときから、ずっと気になっているんです」
都知事選の後、スーパークレイジー君こと西本誠は都内や全国のクラブで営業活動をしている。鹿児島にも営業に来たのだろうか?
「鹿児島には来てない。でも、来てほしいなー、とは思ってます」
この顛末をスーパークレイジー君にメールで伝えると、翌朝返信があった。
「まじですか! 笑笑」
どこで誰が何を見ているかはわからない。行動には必ず意味がある。
また、別の40代男性から聞いた言葉にも唸らされた。
「鹿児島市長は長い間、市役所出身の人が続いていたんです。今の森さんは4期16年。その前の赤崎義則さんは5期20年。今回の市長選も、市民の間では盛り上がっていませんでした。皮肉な言い方に聞こえるかもしれませんが、『選挙で市長が選べるんだ』ってことに鹿児島市民が気づくには、まだまだ時間がかかるのかもしれませんね」
日本人は、もっと選挙を活用したほうがいい。

【選挙戦最終日の松永範義選挙事務所。7月の県知事選では塩田康一の事務所として使われた】

【下鶴隆央は4候補者中、市役所から一番離れた鹿児島市内南部の地元「谷山」に事務所を構えた】
投票が締め切られる20時をどこの事務所で過ごすか。それは選挙取材の肝である。いつもぎりぎりまで悩むのは、「当選の瞬間」を見逃したくないからだ。
しかし、今回の選挙では、前日から下鶴事務所に行くことを決めていた。
情勢調査で有利だと伝えられていたこともある。事務所が市役所からもっとも遠い場所に位置していたこともある。しかし、最大の理由は、政党や組織の支援がない候補者の結末を見届けたいと考えたからだった。
開票が始まるのは21時30分。出口調査で大差がついていれば、20時ちょうどにメディアが当確を報じる「ゼロ打ち」の可能性もある。私は19時から下鶴事務所に詰め、「その時」を待った。
下鶴事務所には私よりも先に多くの支援者が集まり始めていた。パイプ椅子に座った高齢の男性が、ニコニコしながらも落ち着かない様子で待っている。
「まあ、ミカンでも食べて待とう」
男性はポケットから小さなミカンを取り出すと、周りの人たちにも配り始めた。1個、2個……。みんな素直に受け取る。
「どう?」
3個、4個……。配っても、配っても男性のポケットからはミカンが出てきた。いったい、ポケットに何個ミカンが入っているのか。
「へへへへ。興奮してポケットに入るだけ詰めてきたんだ」
小さめのミカンだった。しかし、少なくとも8個は入っていたことが目視できた。
鹿児島市の人口は約60万人。県都の首長選挙であるため、地元メディアの注目度は高い。地上波では開票が始まる21時30分以降に開票特別番組の予定が組まれていたが、インターネットでは20時から開票特番を配信するメディアもあった。
下鶴事務所ではそのうちの一つ、KYT鹿児島讀賣テレビのインターネット生配信を大型ディスプレイに映し出していた。
そして迎えた20時。地元メディアで唯一、KYT鹿児島讀賣テレビだけが「下鶴当確」を「ゼロ打ち」すると、事務所に集まった支援者から拍手と歓喜の声が上がった。
しかし、開票はまだ始まっていない。事務所から「NHKの当確が出るまでは候補者は来ませんよ」とアナウンスがあると支援者も少し落ち着いた。
その間、インターネット中継の画面には、他陣営の事務所中継映像も流れた。画面を見る限り、支援者の姿はほとんど映らない。有権者は「空気」に敏感だ。一方、下鶴事務所には次から次へと支援者が集まってきた。
「松永さんと上門さんの事務所がかわいそうになってきた。人がいなくて……」
パイプ椅子に座る下鶴の支援者からはそんな声も聞かれた。
23時を回り、開票率が70%を超えた段階で、下鶴と松永の間には1万票以上の差があった。それでもKYT以外は当確を打たなかった。結局、NHKが当確を出したのは23時9分すぎのことだった。
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