2023/1/6
立花孝志物語 17 NHKから国民を守る党誕生のつづきです
おおさか維新の会の衆議院議員三宅博は衆議院総務委員会でNHKに勤務している外国人職員の国別人数を質問している。NHKが反日的な放送をしているのは、NHKに外国籍の職員が多いからだ、という仮説を検証するための質問だと考えられる。
孝志はこの仮説を明確に否定している。「会社組織というのは民主主義ではない。誰が編集権を持っているかが重要である。外国籍の職員の数は問題ではない」と。では、その編集権を握り、NHKに反日放送をさせているのは誰か。孝志は電通だと考えている。NHKが電通に乗っ取られたため、反日放送をしているというのが孝志の説だ。
孝志がNHK在職当時、NHKは電通と水面下で闘っていた。先頭にたって闘っていたのが会長の海老沢勝二だった。電通は海老沢が邪魔だったため、週刊文春を使って海老沢を追い落としにかかった。それが紅白チーフプロデューサー不正横領事件以降続いた一連の週刊文春NHK批判記事だった。その一連の記事の中に孝志の実名顔出し内部告発記事も含まれる。海老沢勝二が会長を辞任した後、週刊文春はNHK問題を扱わなくなった。
2008年の北京オリンピックの際、放送権料に消費税がかかっていることなどをきっかけに孝志はNHKや電通に対して調査を行い、NHKが電通に乗っ取られたことを確信した。
そして自分は週刊文春に騙され、利用されていたことに気が付いた。
孝志は海老沢に電話をした。
「ご無沙汰しております。NHK時代にお世話になっていた立花です」
「おう」
「僕は騙されたんですね。電通のN.Yにやられたんですね」
「お前、今ごろ気がついたんか」
そして海老沢は「NHKはお金に関係なく日本の文化を守るために活動する会社である。NHK以外の報道機関は皆金儲けが目的なのだ。だからNHKがしっかりと電通や民放に対して睨みを利かせておかないと日本が乗っ取られんだ」と孝志に教えた。
孝志は、「よく知らずにすみませんでした。文春の味方をしてすみませんでした。どこかでお話しさせていただけませんか」と謝罪をした上で面会を申し出た。
「俺はまだよ。現役だからよ。また、その時がきたらいつか話しようぜ」という返事だった。
このことを孝志は国会議員に当選した直後の8月17日にYouTubeで話している。
摂津での落選を受けて孝志は選挙を徹底的に研究するようになった。全国の選挙データをエクセルに入力して分析した。
大阪は維新の会が強いため当選は難しいと判断をして東京へ引越しをした。
2014年2月、町田市議会議員選挙に立候補した。定数36に対して41人が立候補した選挙だった。孝志は38位で落選だった。しかし、1,589票を得て、前回の摂津市議選の時よりも大きく票を伸ばした。孝志は手応えを感じた。
自民党の推薦候補者、みんなの党の2人のうちの1人よりも得票数は多く、次々点だった。
活動は選挙期間中の7日間だけだった。告示日の2日前に降った大雪のせいでスタッドレスタイヤを履いた車ですら走行不可能な地域も出たほどだった。
摂津市の選挙の後、警官が10人ほど来て孝志の自宅は家宅捜索を受けた。町田市議選に出た当時、孝志のうつ病は最悪の状態だった。
お金もなかった。供託金と車両関連費を支払うので精一杯だった。当時の孝志の収入はYouTubeの視聴料だけだった。うつ状態と金欠で3日に1度しか食事を摂らなかった。端から見るといつ自殺するかも分からない状態だった。
選挙の経験も1度だったため当選するどうかは全く分からなかった。分からないが立候補したらもしかしたら受かるかもしれない、という思いで立候補した。自分のやっていることは間違えていない、という確証があった。元NHK職員としてやるべきことをやっておりいつか報われる日が来ると考えていた。
孝志を応援するために町田市外から駆けつけてくれた人たちの存在も支えになった。
1,588人もの人が投票用紙に「立花孝志」と書いてくれたことは何よりもの自信につながった。
千葉県船橋市に住所を移して3度目の選挙に孝志は挑戦した。定数50に対し73人が立候補する選挙だった。
この時の選挙は統一地方選挙だったため選挙区を選ぶことが出来た。最も当選しやすい選挙、という基準で選んで船橋市議選に的を絞った。
孝志は朝から晩まで駅前に立ち続けた。拡声器など選挙に必要な道具を1人で運び電車で移動した。息子からスマホをねだられても買ってあげることが出来ないくらい経済的に追い詰められていた。
2015年4月28日、投開票の結果、35位、2,622票を獲得して当選した。
安定した収入が補償されて孝志の病は寛解に入った。当選証書を見せたらこんなに喜ぶのかと驚くくらい母は喜んだ。
孝志は船橋という街に感謝した。2022年、NHK党が国政政党になった後も主たる事務所を船橋市に置き続けているのは、そうした理由からだ。
孝志が考えだしたNHKから国民を守る党の選挙手法は非常に合理的なものであった。その後、2019年の統一地方選挙までに、朝霞市、志木市、尼崎市、町田市、春日部市、立川市、川西市、松戸市、八千代市、西東京市、台東区でNHKから国民を守る党の候補者が当選した。
2016年7月10日投開票の参議院議員選挙でおおさか維新の会の三宅博は全国比例で立候補した。孝志は東京遊説担当者となって三宅の選挙を手伝った。そして6月23日、三宅の街宣車にニコ生配信者野田草履をあげた。その様子は「野田が選挙演説で言いたい放題しゃべるin新宿西口」と題して放送された。ニートの野田草履が働かないことを推奨する演説はYahoo!ニュースに取り上げられて大炎上した。
三宅はその日の夕方に「緊急のお知らせ」と題してTwitterで自身と野田草履が無関係であること、東京遊説担当者の手違いであったと釈明した。孝志は野田草履と選挙カーに上っており確信犯であった。
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1606/25/news023.html
2016年7月31日投開票の東京都知事選挙に立候補して孝志は船橋市議会議員を失職した。
周囲は孝志の行動に呆れた。東京都知事に当選するはずがない。それなのに船橋市議会議員という名誉ある地位を捨てた孝志の考えを理解できなかったのだ。
NHKの政見放送を使って300万円でスピーチ出来ることが、如何に価値があるのかを孝志は十分理解していた。
孝志はNHKのスタジオで「NHKをぶっ壊す!」と笑顔で繰り返した。
この政見放送は話題となって孝志の知名度は全国区となった。
岡山県勤務の1人の医師がYouTubeのKAZUYAチャンネルを通じて政治に興味を持ち、この時の都知事選の政見放送を全て視聴した。
2016年の都知事選には21人が立候補していた。その中には、桜井誠、マック赤坂、山口敏夫、後藤輝綺、上杉隆、中川暢三、七海ひろこなど、主要候補と呼ばれた小池百合子、増田寛也、鳥越俊太郎の3人以外にも、個性ある興味深い人物が軒を並べていた。
しかし、その医師は、孝志に興味を持った。そして孝志のYouTubeを研究した。孝志が言っていることは合理的であり、確かに彼の言うようにすれば当選できると考えた。そして年明けの元旦に孝志にメールをしてNHKから国民を守る党からの立候補を希望していることを伝えた。
それが現在NHK党参議院議員として国会で活躍している浜田聡だった。
「葛飾で都議選に出馬し、その後、葛飾区議選に出馬する予定であること。そのため2016年の都知事選では葛飾区を重点的に回っていたこと。さらには2019年の参院選で2%獲得を目標としている」と孝志はフリージャーナリスト畠山 理仁のインタビューに答えている。

黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い (集英社文庫) 文庫 – 2019/11/20
畠山 理仁 (著)
2017年1月、孝志は大阪府茨木市議会議員選挙に立候補した。
関西でのNHK党の知名度を上げるという目的もあったが、基本的に茨木で選挙があったから茨木市議選に出馬した。

2017年7月、孝志は東京都議会議員選挙に立候補した。結果は落選だった。
2017年11月、東京都葛飾区議会議員選挙に立候補し、見事当選した。
前年の都知事選、4ヶ月前の都議選で葛飾区を重点的に回っていた結果、葛飾区議に当選した。政治は点ではなく線で闘うモノである。
2019年の参議院選挙で当選しNHK党を国政政党に押し上げるため、孝志の知名度を上げ、孝志の政見を1人でも多くの人に知ってもらう為に都知事選に立候補した。
しかし、それだけでなく、翌年の葛飾区議選で当選することも視野に入れて孝志は活動していた。
落選を将来への投資として孝志は考えており「落選=終わり」という発想は孝志にはない。
「主 文 本件各上告を棄却する。各上告費用は各上告人の負担とする」
「日本放送協会放送受信規約は、民法で保障されている契約の自由を侵害している」という主張は最高裁判所によって退けられた。
ただし、裁判官木内道祥の反対意見には次の記載があった。
「これは,放送法が契約締結の義務を定めたものではあるが受信料支払義務を定めたものではないことに矛盾するものである」
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/281/087281_hanrei.pdf
2019年1月14日、孝志は「今話題の【NGT48山口真帆】のハメどり動画です。24時間以内に削除します」とツイートとして大炎上した。

2019年4月14日、孝志は22歳の女性に鎌ケ谷市議会議員選挙の立候補届をさせた。
孝志は、公職選挙法第2章に記載されている「被選挙権」は立候補する権利ではなく、当選する権利であり、同法第9章にある「公職の候補者」とは立候補する権利であると解説している。居住要件がない場合は、当選することは出来ないが立候補することは可能であった。しかし、年齢要件を満たしていない場合は立候補することすらも出来ない。
これは、25歳未満の者の表現の自由を制限しているのではないか、と裁判を起こした。裁判を起こすためには、現に被害を受けていなければならないため鎌ケ谷市議選に22歳の女性を擁立したのだ。
2020年7月9日、第一審の判決が出た。「憲法第21条は公職の候補者という立場で選挙に於いて自らの考え、政見を訴える機会まで保障するものではない」と判決文には書いてあった。
民主主義国家において表現の自由は非常に重要な権利であり、25歳未満のものが、公営選挙制度を活用できないことは問題ではないか、と孝志は訴えている。
立花孝志物語 19 国政政党党首へつづく
立花さんが2013年11月にYouTube配信を始めてから2ちゃんねるの書き込みはほとんど読んでいません。少なくとも今回、この文章を書くにあたっては読みませんでした。Wikipediaの「立花孝志」のページや「立花孝志かく闘えり」や「諸派党構想~我々は政権を奪取する」を参考にして年月順に出来事をピックアップして、詳細は立花さんが動画で話していることを主に参考にして書きました。
2ちゃんねるの内容は、コピーしてWORDに貼り付ければ「検索」機能で後からでも探すことが比較的容易です。でも、動画はどの動画の何分頃に語られているのかを探すのが大変です。茨木市議選になぜ出たのか、説明を聞いた記憶がないので、これは立花さん本人に聞くしかないかなと思っていました。ただ、調べられるのであれば自分で調べた方がよいと思っています。Twitterで「茨木市議選に立花さんが立候補した理由」を問いかけたところ、1万を超えるインプレッションがあり、茶柱さんが、動画の開始位置を指定した状態で情報提供してくださりました。本当にありがたかったです。きっと探すの大変だったと思います。茨木市議選に出馬した理由を海老名の市長選で話しているとは想像できないじゃないですか。
立花さんの言動は、一般の人になかなか理解されずらいという面があります。立花さん自身は、動画でちゃんと説明している、と思っていると思うのですが、それを探すのが大仕事になります。大抵の人は探すことを諦めてしまうと思います。なので、ここに書くことで多少なりとも、立花さんに対する世間の理解が進むと良いなあと思っています。
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モリヤマ ヒデキ/歳/男
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