2023/1/1
立花孝志物語 12 海老沢勝二と週刊文春のつづきです。
NHKを一撃で倒すことはできない。孝志は2005年の告発記事でNHKを倒せると思ってたが無理であった。その反省から焦らずじっくりとNHK問題に取り組むことに方針を転換した。
「耐震偽造問題・ライブドア問題・若乃花貴乃花騒動、色々あったが、マスコミが扱わなくなることにより過去の事になっていく。しかし、立花孝志がいる限りNHK問題は決して過去にはならない。ここが一番大切なのです」と孝志は2ちゃんねるに書いた。
次のようにも書いている。
「マスコミのように一過性ではなく継続してNHKと対峙していきます。NHKが経営破綻するその日まで」
この宣言を孝志は2023年現在でも守っている。
2006年7月18日、孝志はNHKに連絡をしてカラー契約から衛星契約に変更した。ケーブルテレビに加入したからだ。
しかし、受信料の支払は2005年12月から中止している。
NHKにそのことを伝えた。
正確には、孝志はNHK受信料の支払を先送りしていたのだ。NHKが本当にまっとうな公共放送になれば支払うつもりであった。
しかし、NHKのオペレーターからは「ご連絡ありがとうございます」とだけ言われた。
「契約をして不払い」を率先して行っていたことがわかるエピソードである。
2006年9月4日 東京地裁、堀江貴文の初公判。起訴事実を全面否定、無罪を主張。
NHKが派閥抗争でお互いの不祥事ネタを漏らすのは有名で、M派やN派という派閥がある事を国税局の幹部までもが知っていた。国税や文春はNHKの派閥抗争に巻き込まれないようにわざとNHKを取り上げない、さらに文春は海老沢の退陣でNHKには興味が薄れたようだ、と孝志は分析した。
新潮はNHKの派閥抗争に利用されていた。その事は新潮のデスクも孝志も理解していた。
新潮は、NHKネタが売れるし、派閥抗争であろうがなんだろうが結局NHKにとってマイナスだから記事にした。
孝志は、文春とも新潮ともつながっていた。
そして孝志は、新潮にはかなり情報提供し記事にもたびたび登場した。
2006年11月29日、受信料不払い33世帯(人)に対して、NHKは初めての民事手続による「支払い督促」を行った。
2006年12月、NHKから支払督促を受けた33名のうち5名が東京簡易裁判所に異議申し立てを行った。
孝志はNHKを訴えることにした。
弱者からお金をもぎ取ろうというNHKの姿勢にさすがに黙っていられなくなったのだ。
受信料制度に関して一度司法の判断を仰ぐ時期に来ている、そう孝志は判断した。
また、受信料を不払いして支払督促を受けた視聴者が裁判をするのと同時に、孝志からNHKを裁判に掛けた方が効果的であると考えたのだ。
NHKの受信料システムを変える意気込みであった。
孝志の心の中にあったNHKに対しての恨みや怒りの気持ちは完全に消えていた。
冷静に裁判を継続できる自信が出来たことも裁判を起こす理由の1つだった。
NHK改革が容易にはいかないことを孝志は十分理解していた。
敗訴を何度も繰り返すことも予想した。
しかし、「最後には、すべての敗訴は勝訴へのステップにすぎなかったとなるように裁判をして行きます」と2ちゃんねるの読者に宣言した。
裁判をするには、本音と建前が必要だと孝志は考えた。
建前はNHKのスクランブル化であり、本音はNHK解体であった。
解体とはNHKが経営破綻することを意味しており、経営破綻とは財政面で収入と支出のバランスが崩れ組織として機能しなくなる状態の事を指す。
「理想を言うだけで行動しない人はたくさんいる。私は失敗を恐れず行動する。
失敗した時は成功へのステップにすればいいと常に前向きに考えているからだ。
行動しないで後悔するより、行動して後悔するほうがいい。
行動して後悔すればその後悔は反省に変わり、反省は必ず成功へのステップになる」
孝志はこう2ちゃんねるに書き込みをしている。そして、2023年の現在でもそれを実行している。
「立花さんといっしょに!」など、2ちゃんねるを開始した当初から孝志には支援者がいた。彼らは、孝志に変っていつもスレを立ててくれた。彼らの継続的な応援やアドバイスは孝志が辛くなったときの心の支えとなった。
NHKを相手に裁判をすると決めた当初、孝志は弁護士やオンブズマンとの連携を考えていた。その時から、孝志は裁判関連の資料を自ら作成した。
国政政党の党首となった2023年現在でも立花孝志は自ら裁判資料を作成している。
2007年1月1日、孝志は以下のように宣言した。
「私は以前から2007年3月NHK経営破綻説を強調してきました。
昨今のNHKを見ているとやはり私の予想は正しいようだ。
経営破綻の時期は前後するかもしれないが、間違いなく破綻に向かっている。
受信料義務化法案が可決されても、可決されなくても破綻する事は確実。
経営破綻のきっかけは磯野事件、経営破綻の決め手は法的督促。
NHK自ら裁判をした事で経営破綻は決定的となった。
いつ経営破綻が発表されてもおかしくない状況であると宣言しておきます」
2007年1月13日、「NHKから督促を受けて異議申し立てをしている人物が、全面的にNHKと裁判で対峙する事が確定した」、という情報が孝志の元に入った。
孝志はこの人を全面的にバックアップすることを宣言した。
NHKから訴えられた国民を守る孝志の活動はこの日から始まった。その後、丸16年、孝志はこの活動を継続している。
弁護士費用の見込みが300万円~1000万円と莫大であることと、裁判開始までに時間がかかり国会の審議に間に合わない、という理由から孝志は弁護士を使わず本人訴訟で裁判することにした。2007年2月14日のことである。
その他にも本人訴訟をする理由として孝志は次のように説明している。
「代理人として弁護士を雇うと、法廷で私が証言する機会が激減する。また私の真理のすべてを弁護士に理解して貰うのは不可能なので、本人訴訟をしています。
弁護士とは代理人のことであり、原告や被告が裁判する能力や時間がないから代理人を立てるだけであり、原告に法律の理解力や訴状や準備書面の作成能力、証拠の立証能力があれば、あえて代理人を立てる必要がないのです」
本人訴訟で裁判をすると決めた4日後の2007年2月19日、孝志は大阪の堺にある堺簡易裁判所へ行った。
「NHKは東京でしか法人登記をしていないので、大阪堺簡易裁判所では受理しません。民事の場合、訴状の提出先は被告の所在地を管轄している裁判所です。訴状はそこへ提出して下さい」と言われた。
孝志は後日東京へ行き訴状を東京簡易裁判所へ提出した。
2022年現在、弁護士が感心するほど、多くの裁判を経験し、法律や裁判手続きに精通している立花孝志だが、彼の裁判スタートはこのような状況であった。
2007年3月16日 東京地裁で堀江貴文の判決公判。懲役2年6ヶ月の実刑判決が言い渡された。即日、控訴。
孝志は2007年3月NHK経営破綻説を唱えていた。
そして4月1日を迎えた。孝志の予想は間違っていたという結果であった。
「私を信じて期待していた方には心よりお詫び申し上げます。『ごめんなさい』」と孝志は2ちゃんねる上で謝罪した。
そして次のように続けた
「『失敗を後悔するのではなく、失敗を反省して次に活かす』これが私のモットーです。
これからもがんばりますので応援していただける方は今後ともよろしくお願い致します。
最後にもう一度謝ります。3月までに経営破綻を期待していた方『ごめんなさい』
経営が苦しいからNHKから裁判を開始したのです」
立花孝志物語 14 長期計画へつづく
喪中のため新年の御挨拶は控えさせて頂きます。
党からの要請を受けてこの文章を書いているのですが、ざっくりなんです。以前、ある文章を立花さんに変って書いたときは「森山くん、全部頭に入っているだろ。書いて」と言われました。僕が21年勤めてきた製薬業界では読み物を作るにしてもかなり大変です。その頃の感覚が残っていたのでその時は、打合せが必要だと思って「どんな風にしましょうか?」と立花さんに聞きました。「あれとあれは入れた方がいいんじゃないかな。後は自由に書いていいよ」という返事でした。本当に自由でした。
今回もざっくりとした指示というか要望は間接的に聞いています。いくつかあるのですが、Wikipediaのような感じ、というのがありました。立花さんの55年の人生を書いているので、一つ一つは深掘りせずに、かなりあっさりと書いています。
今回取り上げた、NHKから視聴者への支払督促に関しても淡々と書いています。今の感覚ではNHKが不払い者を訴えるのは当たり前になっていますが、当時の2ちゃんねるを読んでいると、かなり大事だったようです。
立花さんは、当初、NHKが訴えられるはずがない、と考えていました。受信料契約が杜撰だからです。それが実際に訴えることになり、督促を受けた33人がどういう人なのか、という話も2ちゃんねるでは盛り上がっていました。
NHKは無作為抽出と言っていましたが、政治家や官僚、大企業の幹部、反社の人などが抽出されたら、NHKは訴えられるはずがない。選りすぐりの弱者なのだろう、という観測が立花さんの2ちゃんねるでは流れていました。
未だに、NHKが裁判をする相手の基準というのは明かされていないと思います。
NHKの長い歴史の中で初めてNHKが国民を訴える場面というのは、一つの山場だと思うので、このところは、映像化するときに強調されると良いなあ、と考えています。どうなるのか全く分かりませんが。
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モリヤマ ヒデキ/歳/男
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