2022/12/31
立花孝志物語 11 2ちゃんねるで1ちゃんねるとの闘い開始のつづきです。
CS放送・朝日ニュースターの「ニュースの深層」という生放送の番組に孝志は出演した。
司会は元NHK職員でジャーナリスト、そして初代NHK党幹事長の上杉隆だった。
番組スタッフからは『立花さんの番組と思って自由に発言して下さい』と言われた。
週刊文春巻頭7ページに実名、顔出しで登場した孝志だったが、テレビに出演出来たのはこの1回のみであった。
当時の孝志を知る上で貴重な動画なのだが、真面目すぎて今の立花孝志と比較すると驚くほどつまらない番組に仕上がっている。
6月5日午前9:30から5分程度の電話、孝志は海老沢に電話をして話をしている。
電話を掛けると海老沢の妻が応答した。「元NHK職員で内部告発をした立花孝志です」と告げた。
海老沢が電話に出た。
孝志は在職中に大変お世話になったのにも関わらず海老沢に相談もせず内部告発した事を謝罪した。
「君の事は大久保君から聞いていた。私は今でもNHKとNHK職員とその家族の事を心配している。私は一生懸命安い給料で汗水たらして働いている職員の為にかんばってきた。そして君も知ってるとおり、一部を除くほとんどの職員も視聴者の為にまじめに仕事をしている。しかしどうしてこういう状況になったのか理解出来ないと」海老沢は言った。
「海老沢さんには金銭の不正や女性問題などは一切なく、365日24時間いつもNHKの為にお仕事されていた事はよく知っています」と孝志は応じた。
海老沢「それならそういうふうに世間に訴えてくれないか?」
「私は書くことを仕事にしている訳ではないので、機会があればその事を必ず世間に訴えさせて頂きます」と孝志は約束した。
「君が問題にしている、オリンピックやワールドカップサッカーの放送だって、民放が放送すれば試合中にコマーシャルを入れて見づらくなる、こういう国民の関心事はやはり公共放送として積極的にNHKが放送するべきだと私は思う。みんなの意見をすべて取り入れていたら何も出来なくなってしまい組織が衰退してしまう。みんなNHKが好きで入局してきて、必死にがんばってるのだから、君なりの考えはあるだろうが、そこのところをよく考えて言動して下さいよ」と海老沢は孝志に言った。
孝志「ありがとうございます。とにかく私は今でも海老沢さんの事を尊敬していますし、いろいろお世話になったことをすごく感謝しています」。
海老沢「ではそういう事で」
海老沢は終始穏やかな口調であった。電話している時、海老沢と仕事させてもらった場面場面を思い出し、孝志の目からは涙がこぼれた。
録音はせず、記事にするつもりもなかった。在職中にとても世話になった海老沢に相談もしないで内部告発をした事を謝罪したかっただけであった。
海老沢は公共放送会長として多数の事案の判断を誤った。しかし海老沢の誤りを指摘しなかったNHK全役職員にも大きな責任があると孝志は考えた。
内部告発をし、NHKを辞めた後も孝志は海老沢のことが好きだった。
孝志は海老沢に大変世話になった。NHKの普通の職員より海老沢の事をよく知っていた。海老沢さんは不正なお金を受け取ったり、女性問題を起こしたりする人物ではなかった。歪んだ金銭欲や性欲はない代わりに、「権力欲」は人一倍あった。
海老沢は、自分が先頭に立ってNHKを引っ張る事が、視聴者や職員の為になると信じていた。最終的にはすべてが逆効果になった。
NHKが腐ってしまった責任は、会長や理事達は一般の職員より重い。しかしNHKという組織を知ろうとしなかった一人一人の職員に大きな責任がある。
孝志はそう考えた。
2006年6月7日、この日孝志は初めて参議院議員片山虎之助にメールをし、NHKに関する資料を提供した。
片山虎之助は次男がNHKの記者であり、NHK擁護派政治家の中心人物である。そして、一連の不祥事により受信料収入が減少し危機感を持ったNHKが片山虎之助議員に対して、受信料の義務化や強制徴収や罰則規定の導入を要請している、と孝志は考えていた。
2週間待っても返事は来なかった。これ以上片山が受信料の「義務化」「強制徴収」「罰則」を進めるのであれば、行動に出ることを孝志は考えていた。
その後、孝志は2007年7月の参議院選挙で片山虎之助議員の対立候補として岡山選挙区から立候補することを検討している、と孝志は2ちゃんねるに書き込みをしている。
この時孝志は供託金がいくらなのかも知らなかった。
落選することは分かっていたが「NHK受信料義務化問題」が争点になるだけでもインパクトあると孝志は考えていた。
後日、孝志は情報提供者に対して次のように返事をしている。
「情報ありがとうございます。300万ですか、案外安いですね。立候補に関しては公職選挙法の問題で詳しく書き込めませんが大変参考になりました」
「私の勉強不足で申し訳ないのですが、無所属で全国区という出馬なんて制度があるのですか?詳しい方アドバイス頂ければ幸いです。」
後年、公職選挙法と政治資金規正法を読み込み選挙のプロを自認している立花孝志だが、彼にもこのような時代があったのだ。
私が「万一」政治家になったらこれまでの常識は一切通用しない議員になるつもりです。
まず「がんばって」とか「努力しよう」という馬鹿げた応援の言葉を否定します。他人に「がんばれ」とか「努力しよう」と言われないと出来ない事はその人が本当にやりたい事ではない。他人に「がんばれ」とか「努力しよう」と言われてやった事はほとんど意味がないと思います。
人間は、好きな事には没頭できる。周りの人はその没頭行為を「努力」していると見てしまう。しかしそれは努力ではなく、好きな事をしているだけなのです。そしてその好きな事をしている状態が幸せな状態なのです。
「儲かりますか?」から「面白いですか?」の世の中にして行きたいです。
15年前の孝志の言葉だが、現在の立花孝志の発言だと言っても十分通用する発言内容である。
孝志はうつ病について次のように書き残している。
「私は、発熱、肩こり、のどの痛み、という身体症状がありました。他に不眠とか食欲不振という症状があるそうです。ウツは「根性がない」とか、「ノイローゼ」とういう病気ではありません。自覚症状がある方は迷わず心療内科の受診をお勧めします。うつ病は薬で治るし、治ると一回り人間が大きくなります。心配しないで下さい」
「私は病気になってから、適当でいいものは、適当でいいと思うようにしたのです。
細かい事にいちいち神経をとがらしていると、またウツ病になるからです」
「発熱・肩こり・不眠などのウツの自覚症状はまったくないのでもう1年以上お医者さんにも行ってないし薬も飲んでいません」(2006/09/08(金) 23:44:10書き込み)
2006年7月、定年寸前で退職したテレビ朝日の社員が週刊文春で内部告発を行った。
「NHKを退職した職員が良心の呵責により、NHKの実態を語るようになるだろう」そして「それによりNHKはジ・エンドでしょう」と孝志は予想した。
孝志の予想は外れた。
「最近の週刊文春はNHK問題を取り上げなくなった」と2006年7月16日、孝志は2ちゃんねるに書き込みをしている。
2006年3月末には磯野裁判の結審があったが週刊文春は全く報じなかった。「記者はNHK関連情報をデスクにあげているが記事にしてもらえない」とも孝志は書いている。
2011年に立花さんがYouTubeを始めるまでは、ほぼ、2ちゃんねるの情報を元にしています。ここでの情報もそうです。
僕の長男は普通の子が高校に通う時期に都立の特別支援学校に通っていました。3年間、毎朝バス停まで送りました。バス停の近くには選挙ポスター掲示板がありました。バスが来るまで暇だったので、選挙ポスターをよく見ていました。NHKから国民を守る党の選挙ポスターに「YouTubeやってます」みたいなことが書いてあったので、それでYouTubeを見るようになったのが、僕とNHK党の出会いでした。2019年の参院選の時でした。
僕の記憶では、立花さんが令和タケちゃんを紹介しているこの動画が最初にみた立花孝志チャンネルの動画でした。立花さんではないですが、「これはすごい」と思いました。その後は良く覚えていないのですが、僕は元々上杉隆さんのファンだったので、彼が幹事長として合流したことで一気にテンションがあがりました。政治が面白くなる、と思って毎日立花さんの動画を見ていたと思います。柏での私人逮捕に僕は強い衝撃を受けました。
「この人は口だけではなく批判も覚悟で行動する人だ。すごい」と思ったのです。父は、立花さんとNHK党のことを全否定でした。彼はテレビと新聞でしか情報を取っていない人でした。多少、話したのですが、「居住要件を満たしておらず当選無効とされている人が続出している理由」について僕は父に反論出来ませんでした。
それが悔しかったので、その後自分なりに調べて、居住要件裁判も傍聴しに行き、調べた内容をまとめて11月19日に電子書籍にして「NHKから国民を守る党立花孝志とは何者か」を出版しました。
これを読んだ大洋図書の編集者の方から直接メールをいただき「NHKから国民を守る党 立花孝志かく闘えり」を書くことになりました。2019年12月11日のことでした。立花さんを知ってからほぼ半年後、執筆期間1ヶ月でした。よく書けたなあと自分でも不思議に思います。
年明けに総選挙があるのではないか、という話があって、兎に角急いで書きました。2ちゃんねるもすっ飛ばして読んだので、片山虎之助さんに対抗して立候補を考えていた、というのを今回初めてしりました。
以前、読んだときに面白い、と思ったエピソードがあって、書きたいことがあったのですが、立花さんの2ちゃんねるが17以降、見れなくなってしまっていて、分かる範囲で、書いているという状況です。徒然に思いついたことを書きました。良いお年を。
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モリヤマ ヒデキ/歳/男
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