書籍:『選挙殺人事件』
著者:坂口安吾
出版:小説新潮 第七巻第八号
発行:1953.6.1
何ともストレートな題名に惹かれ、青空文庫のページを繰ってみた。読後の正直な感想は、「……?」でしか表し難い。感想を持てない代わりに、疑問符がつくのである。
設定は、悪くない。新聞記者の寒吉は、小さな木工所の主人、三高吉太郎が選挙に立候補すると聞いて、首を傾げた。「無名で地盤も顔もない」吉太郎は、政治に強い思い入れがあるわけでもなく、演説を聞いても本人に尋ねても、立候補の意図がまるでわからない。当然当選の見込みはなく、リスクの大きい選挙にチャレンジする理由が全く見えない。だからこそ、吉太郎の陰鬱な目を見たとき、寒吉は裏に何かあるのではないかとピンときた。選挙が終わって大方の予想通り吉太郎が落選したのと時を同じくして、吉太郎の木工所の裏隣りにある小学校の縁の下から、死後2週間ほど経った首のない死体が発見された……。
犯人は、吉太郎か?いや、注目を浴びることがわかっていてわざわざ選挙に出たりはしないだろう。では選挙の混乱でみんなの目をごまかしておいて、誰かをかばったのか?選挙への出馬は、カモフラージュだったのか?
答えが解き明かされるスリリングなプロセスと最後のアッと思わせられる瞬間が、推理小説の醍醐味だ。『選挙殺人事件』には、実はそれがない。いきなりオチが披露され、幕切れである。そこに感想を介在させる余地を持たせないという点で、かなり意表を突かれた。
何とも表しにくい終幕に戸惑い、理解の手助けにと、安吾の他の作品も手に取った。初期の頃に発表し、絶賛されたという『風博士』は、言いまわしや設定に思わず口角が上がらないわけでもなかったが、多くの娯楽小説があふれる今、あまり食指が動くものではなかった。「これが坂口安吾か……」と半ば落胆しつつ、『アンゴウ』という作品を読んでみた。別人が書いたのではないかと思われるほど、素敵な作品だった。やはり彼は小説家なのである。
「坂口安吾の作品の中には、未熟な失敗作や未完作も多く」とは、Wikipediaでの安吾評だ。確かに、『選挙殺人事件』は結論部分を上書きしたいような思いに駆られた。先人、しかも珠玉の作品を多々残した流行作家に向かって「『選挙殺人事件』は未熟作である」とはとても言えないが、せめて、選挙の面白さをもう少し味わいたかった。
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