2023/1/9
立花孝志物語 20 NHKの不祥事を追及した結果、犯罪者にのつづきです。
2020年1月14日、孝志は第1回【無料無責任相談会】を開催した。
「国民一人一人に寄り添って生きたいし、そうすることが好きなので無責任相談会をすることにしました。「無責任」としたほうが相談しやすいでしょうし、こちらもアドバイスしやすいと思って敢えて掲げました。当たり障りのないアドバイスをするつもりはありませんので、批判はあるかもしれません」と会の趣旨を説明した。
人間関係については次のような発言をした。
「大人同士ですから納得する必要性はないと思っているんです。最終的に話し合いが成立しないのだったら、お互いの悪口を言うなり、連絡をしないなり、それは自由なのです。
人が集まったら好き嫌いはどうしても発生するんですよ。法律違反や犯罪ならともかく、あいつが嫌い、こいつが嫌い、というところまで制限するつもりは全くないですよ」。
後にこの会の参加者が参議院議員会館内で騒ぎを起こしたため中止となった。
2019年10月2日に書類送検となった脅迫罪の件は、その後進展がなかった。そこで孝志は2020年1月23日、検察を訪れ、起訴か不起訴かはっきりしなさい。起訴するなら起訴しなさい、と訴えた。
2020年1月23日、孝志は著書「ぶっ壊す力」を紹介した。
「普通にサラリーマンをしている方にお勧めする本ではありません。
事業をされていたり、成功を目指す人には参考になると想います。
とにかく失敗することなんですよね。沢山、チャレンジをすれば失敗もしますが、成功にも結びつきます」。
2020年1月31日、浜田聡が財政金融委員会にて初質疑を行った。副総理兼財務大臣の麻生太郎から絶賛された。
2020年2月2日、孝志はホリエモン万博に出演し堀江貴文と対談した。
4月に静岡で衆議院議員の補欠選挙があり、その政見放送では、立候補している本人でなくても出演することが出来る。ビデオの持ち込みも出来る、ということを孝志は堀江に説明した。4月の静岡補選で堀江貴文の出演はなかったが、後に、堀江貴文は孝志とNHK党の政見放送に出演することになる。
2020年3月3日、NHKから受信料の支払を請求された人から委任された司法書士が委任状を届け時効の援用など申し出ることを目的にNHKを訪問したが、理由もなく受取りを拒否された。
法人が受取りを拒否した場合、会長宅へ届けることになるため孝志はその日のうちにNHK前田新会長の自宅を訪れた。訪問前に電話を入れ、19時30分頃現地に到着した。呼び鈴を鳴らしたが応答はなかった。居留守が強く疑われた。
NHK集金人は、老人宅を夜間に訪れ呼び鈴を鳴らし続けることを各地で行ってきた。その恐怖を知ってもらおう、と言って孝志はピンポンを鳴らし続けた。
前田会長からA3の大きな苦情の手紙が届いたが、彼がやられたことは、NHKの集金人が国民にしていることだと後に理解し、NHKの営業活動を根本的に改革し、訪問営業を2023年秋以降廃止することとなった。NHK党ではそう理解している。
2020年3月6日、森友学園に8400万円寄付した。
2020年3月10日、「コロナウィルスなんて怖くない【数字】で見るコロナN国党首立花孝志の見解」という動画をアップロードした。
2020年3月16日、孝志は記者会見を開き、家宅捜索及び事情聴取を受けたことを説明した。
孝志は、不正競争防止法違反と威力業務妨害の嫌疑を掛けられたが、その一連の行為の中で頒布したチラシにはこう書かれていた。
「反社会勢力と繋がっているNHKの会長を許さない!
NHKが反社会勢力と詐欺
上田会長は直ちに釈明会見を!
NHKから国民を守る党受信料名簿で詐欺、逮捕の委託先社長」
しかし、名誉毀損の訴えはなされていない。事実だからである。
その反社会勢力との関係をNHKは断ち切りなさい、と訴えるために孝志はNHK会長に面談を求めた。それが威力業務妨害とされた。
孝志の説明は世に広まらなかった。
2020年4月1日、衆議院議員補欠選挙静岡4区に国民民主党の候補者と同姓同名の人物を擁立することを発表した。
2020年4月1日、国民1人あたりではなく、1世帯マスク2枚を配布することを政府は発表した。孝志はこれを知ったときエイプリルフールで誰かが悪戯をしたのだと考え信じなかったが、調べた結果、本当だということが分かった。この程度なのか、このレベルなのか、と孝志は呆れ果てた。
2020年4月6日、NHK党の候補者が志木市議会議員選挙に当選した。
2020年4月7日、安倍首相は「人と人との接触機会を最低7割、極力8割削減することができれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせることができます」と国民に外出自粛を呼びかけて「緊急事態宣言」を発令した。
NHK党浜田聡が国会で次の質問をした。
「先ほどの委員会の方ではこの問題について放送法六十四条第二項の観点から質問させてもらいましたが、今回は弁護士法の観点から法務省に質問させていただきます。
金銭債権の回収を当事者でない委託業者が行うことに制限がないとすると、いわゆる反社会的勢力がそれを委託することは容易に想像され、そういったことに制限を掛ける法律として弁護士法があると考えております。
弁護士法七十二条では次のように書かれております。弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立て事件その他一般事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他法律事務を取り扱い、又はそれらの周旋をすることをなりわいとすることができない、ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合はこの限りでないと書かれております。
このように条文にある中で、NHK正社員でなくNHK委託業者がこういった交渉をすることは弁護士法七十二条に違反するように思いますが、法務省としての見解を教えてください」
政府参考人(金子修)
「一般論としてまず申し上げますと、弁護士又は弁護士法人以外の者が、法律に別段の定めがある場合を除き、報酬を得る目的で業として法律事務を取り扱うことは弁護士法第七十二条によって禁止されているところでございます。この点は委員御指摘のとおりでございます。
しかしながら、法務省としてお尋ねの個別の事案について弁護士法七十二条等に違反するかどうかをお答えすることは困難でございまして、この点について御理解いただきたいと思います。
2020年5月2日、孝志は「ステイホームは不要・外出しましょう」と呼び掛けた。
また、政府や知事が行っているコロナ対策は憲法29条が保障している財産権を侵害しているとも孝志は指摘した。
後に救国シンクタンクの倉山満が「自由主義の基盤としての財産権 コロナ禍で侵害された日本国民の権利」が出版したが、それに先立つこと1年と半年前のことだった。
2020年5月12日、孝志は著書「立花孝志かく闘えり」の中表紙を朗読して紹介した。
「立花の行動は点で見ると、理屈に合わぬバカな行動だと思う人も多い。だが、俯瞰で眺めることができると遙か先を見据えた革命的な闘いだったと知ることになる。いわゆる賢いと自認する「屁理屈屋」たちのやり方で同じ場所まで到達し得ただろうか?本書は、そんな立花孝志の15年にわたる激闘のストーリーを立花自身の言葉で再現させた」
2020年5月27日、孝志は「ホリエモン新党」設立記者会見を行った。
堀江貴文がその年の都知事選に出馬する可能性があったためホリエモン新党を立ち上げたと孝志は説明した。公約は堀江貴文著「東京改造計画」の実現。ホリエモン新党の立ち上げに関しては堀江貴文に連絡は入れていたが、堀江はTwitterで「関係ない」とツイートしている。代表者について相談を入れたところ「(堀江貴文)が公職選挙法に抵触しないように」という趣旨の回答があったことを会見で明かした。
2020年6月18日、ホリエモン新党から孝志を含め3名が立候補した。選挙ポスターは孝志と堀江貴文の写真が掲載され他の2人の顔写真は掲載されなかった。その1人が後にNHK党副党首となるホリエモン秘書こと齊藤健一郎である。
2020年6月24日、孝志は「桜井誠はオカマ」というタイトルの動画をYouTubeにアップロードした。この後、日本第一党は勢力を失っていくこととなる。
ホリエモン秘書こと齊藤健一郎が運営しているアドベンチャーレースに参加するため、孝志は東京都知事選挙最終日の7月4日北海道に移動していたため、ニセコから最後の訴えを行った。
2020年8月4日、孝志はさいたま地方裁判所前にてNHK集金人の行為が弁護士法72条違反にあたるのではないか、と解説を行った。
担当弁護士が日弁連、第二東京弁護士会にNHK集金人の活動が弁護士法違反に該当するか問い合わせたが回答はない、とのことだった。
2020年9月14日、孝志は堀江貴文のオンラインサロンHIUのメンバーが運営するHATASHIAIというイベントにて元自衛官で東京都知事選挙を一緒に闘った後藤輝樹とキックボクシングの試合を行い完勝した。
2020年10月29日、堀江貴文の誕生日会に出席していた孝志は、堀江の秘書齊藤健一郎を塾長として「堀江政経塾」を立ち上げる構想を発表した。
2020年11月16日、ゴルフ党【NHKから国民を守る党】に党名を変更すると発表した。
政治団体「ゴルフ党」は立ち上がり幹事長の上杉隆が党首に就任したが、国政政党「NHKから国民を守る党」が「ゴルフ党」に変更することはなかった。
2020年12年4日、党名を「民主党」へ変更する計画があったが実現はしなかった。
2020年12月5日、NHK会長前田晃伸が、定例の記者会見で営業体制の抜本的見直しをする考えを発表した。
2020年12月11日、2年連続堀江貴文主演の「クリスマスキャロル」に孝志はゲスト出演した。
2020年12月16日、孝志は党名をNHKから自国民を守る党、略称「自民党」に変更する考えを明らかにした。
2020年12月のHATASHIAIは、選手と観客が入り乱れての場外乱闘すわ暴動か、と思わせるような騒動になったが、騒動の渦中に孝志は乗り込み騒ぎを沈静化した。
2020年12月21日、「NHKから国民を守る党」は「NHKから自国民を守る党」に党名変更した。
2020年12月22日、総務省は「自民党」の略称を承諾しなかった。
2020年12月26日、略称「自民党」は認められなかったが「NHK」は認められた。
孝志は元々「NHKから国民を守る党」の略称を「NHK」にしたかったが、法的根拠もなく総務省はそれを認めず放置した。
当時、「N国」という略称が普及していたが、これはメディアが勝手につけたものであり、「N国」では何を主張している党なのか伝わらないため孝志にとっては不本意であった。
略称「NHK」は官僚機構を相手に孝志の意思を通した政治的勝利であった。
立花孝志物語 22 諸派党構想へつづく
この一連の記事が中だるみなんじゃないか、と思ってしまうくらい、項目と動画の埋め込みだらけの回になりました。ただ、2019年末に「動から静へ」と立花さんが方針転換したこともあって2020年の立花さんは静かだったのかもしれません。それに、やっぱりこの年は新型コロナウィルス騒動で世間が揺れてましたからね。あれで世の中ずいぶん変ったように思います。そんな中でもNHK前田会長宅を訪問してNHK集金人の活動を止めるきっかけを作ったのは流石立ったと思います。2020年の最大の成果はあれだったのではないでしょうか。
個人的には、自分が書いた「立花孝志かく闘えり」が発売になったことが自分の人生にとっても大きな出来事でした。ただ、発売が4月で、確か、発売日の5日くらい前に緊急事態宣言を受けて全国の大型書店が休業になってしまったんです。本を発売することの意義の一つに書店に並ぶことがあります。書店には知識階級の人たちが訪れます。平積みされている本は、それらの人たちに対する広告媒体の役割を果たします。その効果を発揮できなかったことがちょっと残念です。まあ、運命ですね。
「かく闘えり」は、立花さんが書いた2ちゃんねるやYouTubeで立花さんが話した内容などを元に書きました。ただし、結論が分からないところがあったり、まあ、調べても分からないことが24個くらいありました。だいたい原稿が出来上がった頃、2月24日に編集者さんがアポを取って立花さんと編集者さんと僕の3人で打合せをしました。
打合せは参議院議員会館で行いました。会館前で待っていたら、5分くらい遅れます、という連絡が編集者さんに入りました。日なたぼっこをしながら待っていたら「寒い中、お待たせして済みません」と立花さんが現われました。地下鉄でやってきたようでした。立花さんが一人だったことに驚きました。その日は確か月曜日だったのですが、祝日で会館は閉まっており人通りもまばらでした。
立花さんは管理人室かどこかに行って自ら鍵をとってきました。こういうことを公党の党首なのに自分でするのか、と当時は驚きました。地下二階の会派室に入ると、立花さんはお手洗いか何かに行きました。部屋には編集者さんと僕の2人だけが残されました。外部の人間だけ残して大丈夫なのか、とこれも驚きました。開けっぴろげです。
立花さんは僕が用意した質問にパッパッと回答しました。編集者さんがそれを録音して面会は終わりました。参議院会館の北口を出るときに「俺は家族に対する思いよりも、国民のことを考えているから」というような話をしていました。僕は家族ファースト主義なので、すごいなあ、と思いました。当時は知らなかったのですが、立花さんの幼少期を考えると「血の繋がった家族」というものに対する愛着がわかないのも、わからなくもないかもしれません。
立花さんは次に浅草で用があるとのことでした。「付いていって良いですか」と言って浅草まで付いていきました。立花さんの話を聞くことに集中していたのでどういうルートで行ったのか忘れましたが2回乗り換えました。途中で編集者さんと別れて1対1で話をさせていただきました。「ゆっくり変えていく」「嘘をついていることに自覚がない人たちがいる」「学校では不要なことを暗記させる」「NHK愛」「ホリエモンについて」「安倍昭恵さんとのLINE」など色々と話を聞かせてくれました。それを「かく闘えり」に反映させました。地下鉄に乗ったとき、座っていた高校生か大学生くらいの男の子が憧憬の眼差しを立花さんに向けていました。立花さんは財布から名刺を出して彼に渡していました。プロ意識のようなものを感じました。
立花さんと会うと、エネルギーを吸い取られたかのようにグッタリする場合と、逆にエネルギーを与えられたかのように高揚するパターンがありますが、この日は、後者の場合でした。浅草の目的地前までお見送りというか付いていって、そこで別れた後、電車に乗って自宅へ向かったのですが、なんと二駅も乗り過ごしてしまいました。寝ていたわけでもお酒を飲んでいたわけでもないのに乗り過ごすなんて初めての経験でした。
そんなことがありました。
党名変更に関して僕がインタビューした音声です↓
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モリヤマ ヒデキ/歳/男
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