2025/9/22

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元俳優で群馬県高崎市の人気ラーメン店「中華そば こましょう」店主の小松正一(こまつ・しょういち)さんが2025年9月20日、61歳で亡くなったことが22日までに明らかになった。同店の公式SNSが「突然すぎてどう報告すれば良いのか分からずすみません」との投稿で訃報を伝え、親交の深かった俳優仲間らが相次いで追悼の言葉を寄せている。
特に深い悲しみを表したのが、俳優の寺島進さん(61)だった。三船プロダクションの養成所で同期だった寺島さんは、自身のXで「三船プロの養成所からの同期生で日本一美味い中華そば『#こましょう』の店主になった、親友の #小松正一 が昨日亡くなってしまった」と報告し、在りし日の小松さんとの写真を投稿した。
「放心状態な俺は、何かしなくては!と鍋を。小松の美味かった鳥鍋を真似して偲んで。合掌」とつづり、小松さんが作ってくれた鳥鍋を再現することで故人を偲ぶ様子を伝えた。
同じく俳優の勝村政信さん(62)も深い悲しみを表した。「同い年で、ウインドインザウィローって音楽劇で初めて一緒になって、ずっと仲良くて。売れてたのに、ラーメン屋になりたいって突然役者辞めて、今日突然いなくなりました」と投稿。
勝村さんは訃報を知る前日の20日に「ちょっとショッキンなことがあり、なんだか仲間もざわついてます」と投稿しており、21日に小松さんの死を知って「小松をかわいがってくださってありがとうございました」と感謝の言葉を添えた。
劇作家・演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチ氏(62)も追悼の言葉を投稿した。「たしか俺のひとつ下。俳優をやめて祖師ヶ谷大蔵でラーメン屋さんやってて、数回食べに行った。コロナ禍に奥様の郷里の高崎に店を移転したとは聞いていた」と回想。
「いつもニコニコしていた。他意無く言うが、まったく遊民社ぽさがない役者だった」と小松さんの人柄を振り返り、「無念。安らかに」と悼んだ。

基本情報
俳優時代の活躍
小松さんは三船プロダクションの養成所出身で、その後「夢の遊眠社」などに所属し、実力派の脇役俳優として活動した。主な出演作品には以下がある:
小松さんは三船プロダクションの養成所で俳優としての基礎を学んだ。同期には寺島進さんがおり、長年にわたって深い友情を築いていた。三船プロは故・三船敏郎氏が設立した芸能事務所で、多くの俳優を輩出してきた名門として知られている。
勝村政信さんとの最初の出会いは、音楽劇「ウインド・イン・ザ・ウィロー」での共演だった。同作品は1990年代初頭に上演され、小松さんの演技は高い評価を得たという。この作品での出会いがきっかけで、勝村さんとは約40年にわたる親交を続けていた。
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小松さんは売れっ子俳優として活動していたが、2005年頃に突然俳優業からの引退を表明。東京都世田谷区祖師谷でラーメン店「中華そば こましょう」を開業した。この転身について小松さんは「夢の続き」と語っており、俳優時代とは全く異なる道を歩み始めた。
東京時代(2005年頃~2020年)
東京都世田谷区祖師谷で約20年間営業し、元俳優が作るラーメンとして話題となった。寺島進さんをはじめとする俳優仲間も度々店を訪れ、「日本一美味い中華そば」と絶賛されていた。
群馬移転(2020年11月11日~2025年9月20日)
2020年11月11日、妻の故郷である群馬県高崎市に移転。コロナ禍の影響も考慮した決断だった。高崎市田町地区のJR高崎駅近くの商業地で、夫婦二人三脚で店を切り盛りしていた。
営業情報
2025年8月中旬頃から臨時休業が増え、同月27日に店の公式SNSで「今夏の暑さで体調が万全でないため、しばらくお休みさせて頂きます」と報告していた。
9月17日には「店主が現在病気療養中なのですが、奇跡的な回復が出来るように『快くなれ!』と元気玉を送ってください!!!」と呼びかけており、寺島さんも「奇跡的な回復」を願っていたという。
小松さんの訃報は、店の公式SNSで20日に報告されると、瞬く間にSNS上に拡散され、多くの追悼コメントが寄せられている。
主な反応:
ファンからは「楽しいことが大好きな店主さんでした」「人柄が本当に素晴らしかった」といった温かい思い出が多数投稿されている。
小松さんの死去に伴い、「中華そば こましょう」の今後については未定となっている。店の公式SNSでは通夜・告別式の案内のみが投稿されており、店舗の営業再開や承継については言及されていない。
葬儀日程
店のSNSでは「楽しいことが大好きな人なので会いに来られる方は会いに来てください」と呼びかけている。
関係者の証言によると、小松さんは非常に温厚で明るい性格だったという。ケラリーノ・サンドロヴィッチ氏が「いつもニコニコしていた」と語るように、誰に対しても分け隔てなく接する人柄だった。
俳優時代は「名バイプレイヤー」として知られ、どのような役でもこなす演技力を持っていた。一方で、ケラ氏が「まったく遊民社ぽさがない」と表現するように、劇団の雰囲気に染まらない独自の個性を持った俳優でもあった。
店主となってからも、その人柄は変わらず、常連客からは「いつも笑顔で迎えてくれた」「気さくに話しかけてくれた」と愛されていた。
小松さんの突然の訃報は、演劇界・映画界に大きな衝撃を与えている。特に同世代の俳優たちにとっては、自らの人生を見つめ直すきっかけにもなっているようだ。
勝村政信さんが「売れてたのに突然役者辞めて」と表現するように、小松さんの俳優からラーメン店主への転身は当時話題となったが、その後の20年間の歩みが多くの人に愛され続けたことが、今回の追悼の声の多さからも伺える。
小松正一さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
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