2026/8/17

福祉は、建物だけでは成り立ちません。
毎日利用者に向き合う職員がいる。
医療的ケアを必要とする方を支える看護師がいる。
そして、その方のことを長年知っている職員から、新しい職員へ、経験と情報がきちんと引き継がれる。
福祉は「人」が支えています。
私がこのことを強く意識するようになった場所の一つが、西落合にある「新宿区立あゆみの家」です。
新宿区議会議員の川村のりあきです。
私は区議会議員になって以来、20年以上にわたり、あゆみの家をめぐる問題を繰り返し議会で取り上げてきました。
その20年を振り返ると、いま新宿区の障害福祉が直面している「人材不足」の問題にもつながる、一つの問いが浮かび上がります。
支える人を、誰が支えるのか。
今回は、あゆみの家と私の20年以上の取り組みを振り返ります。
あゆみの家は、どんな場所なのか
あゆみの家の前身は、1960年に小学校のなかで始まった「ひまわり学級」でした。
そして1971年11月、「地域で暮らしたい」という願いのもとに、新宿区立あゆみの家が開設されます。当初の定員は30名。今年11月で、開設から55年になります。
重い障害のある方、医療的ケアを必要とする方を受け止めてきた、区内でも数少ない施設です。
障害のある方とご家族にとって、長年、新宿の障害福祉を支えてきた大切な施設です。
私が最初に問題にしたのは「人」でした
私が議員になって間もない2004年、あゆみの家について最初に受けたご相談は、施設の設備の話ではありませんでした。職員の話でした。
当時、育児休業をとっている職員が2名。そこへ翌年度、3名の職員が出産を予定していました。
保護者の皆さんは心配されていました。
「おめでたいことだけれど、代替の職員はどうなるのか」
「アルバイトで埋められてしまうのではないか」
私は委員会で、正規職員による代替配置を求めました。区は職員課と調整し、過員配置で対応すると答弁しています。
当時のあゆみの家は、定員45名に対して職員30名。おおむね利用者1.5人に職員1人という、他区と比べても手厚い配置でした。地域の方々や早稲田大学のグループなど、長年のボランティアにも支えられてきた施設です。
このとき私は、委員会でこう申し上げました。
「人間が人間に対してサービスをしていく。それが本当に大事な施設です」
私が20年以上前に議会で問題にしたのも、やはり「人」でした。
2005年――「直営を続けてほしい」という保護者の声
2005年、区の第二次行財政改革計画に「指定管理者制度への移行を含めて検討」と書き込まれ、あゆみの家の将来をめぐる議論が始まります。
その前年から、保護者会は区と4回にわたって話し合いを重ねていました。そして区長宛の要望書に、こう明記して提出しています。
「引き続き区の直営事業でお願いします」
保護者の皆さんが真っ先に口にされたのは、サービスの低下への不安でした。「安かろう悪かろうでは困る」「もし移行するのであれば、十分な移行期間をとってほしい」。
私は、あゆみの家の近くに住んでいます。
この施設を本当に心の支えにして、生活の一部にしてご家族がやってこられたことを、日々の暮らしのなかで見てきました。あゆみの家に通うために、わざわざ新宿区へ転居してこられた方もいます。
保護者や関係者の皆さんにとって、ここは区と一緒になってつくってきた施設でした。
だからこそ私も、重度の障害や医療的ケアを必要とする方を支える施設を、効率性だけで考えてよいのかと議会で問い続けました。指定管理者制度による「経費の節減」が、そこで働く方の賃金や労働条件の切り下げにつながれば、支援の継続性そのものが揺らぎます。その懸念も、あわせて指摘しました。
同時に私は、増え続ける需要にどう応えるのかという提案もしています。幼児部門を分離して成人部門を拡充するのか、あるいは「第二のあゆみの家」を整備するのか。将来の必要量を見据えて、区として方針を持つべきだと求めました。
アスベスト飛散――「利用者と職員、両方の安全を」
2000年代半ば、あゆみの家の改修にともなうアスベスト除去工事の際に、アスベストが飛散する事態が起こりました。
作業区画の陰圧の確保と、外気からの遮断が、予定どおりにいかなかったのです。施工したゼネコンは「予測しない強風が吹いた」と説明しました。
私は住民説明会にも足を運び、区に原因の究明と再発防止を求め続けました。
この教訓は、その後の区有施設の工事に生かされています。数年後、あゆみの家のエレベーター機械室で新たに吹付けアスベストが見つかった際には、実績のある専門業者を選定すること、営繕課と連携して施工監理にあたること、そして残存の可能性がある箇所を表示して周知することを、委員会で一つひとつ確認しました。
私は他の区有施設のアスベスト工事の審議でも、「あゆみの家のときのようなことがあってはならない」と重ねて注意を促してきました。
利用者の安心と、そこで働く方の安全は、一体のものです。
2011年――「看護師をどうするのか」
2010年、区があゆみの家の指定管理者制度への移行方針を示します。そして2011年、議論はいよいよ具体化しました。
この年、保護者会から区議会へ陳情が出されました。
柱は3つです。
1. 引き継ぎを十分に行うこと
2. 移行後の看護師の待遇を確保すること
3. 利用者への支援体制を確保すること
あゆみの家には、医療的ケアを必要とする方がいます。
看護師の配置は、まさに命にかかわる問題でした。
私は委員会で繰り返しこの点を質しました。区も真正面から受け止め、看護師については迅速に対応し、4名体制が確保されます。
一方、指定管理者の公募に応じた法人は、1者だけでした。
私は委員会で、なぜ1者しか応じなかったのかを問いました。区の説明では、法人が想定する事業内容と合わなかった、移転費用の問題があった、といった事情が挙げられました。40年前から全国に先駆けて、保護者の皆さんとのやりとりのなかで水準を高めてきた施設です。それだけに、引き受ける法人にとっては重い案件だったのだと思います。
「この施設は、そもそも指定管理になじむ施設だったのか」
その思いは、いまも消えていません。
指定管理者の指定議案の採決にあたって、私はこう申し上げました。
「くれぐれも、事故があってはならない施設です。十分な支援と援助を、区からもしていただきたい」
「制度を変えるなら、利用者を置き去りにしない」
私は、あゆみの家への指定管理者制度の導入そのものには反対の立場でした。その立場は、いまも変わっていません。
しかし、議案には賛成しました。
反対したから、あとは知らない――ではありません。
制度が変わるのであれば、そのなかで利用者とご家族の安心をどう守るのか。
そこに全力を尽くすのが、私の仕事だと考えました。
移行が決まった後の私の仕事は、はっきりしていました。保護者会の皆さんの要望を、一つ残らず実現させることです。
34名で引き継いだ
引き継ぎは、当初の計画よりも手厚く行われました。
2011年11月、まずサービス管理責任者とグループリーダー4名の計5名から。
2012年1月には、看護師4名を含む23名体制へ。
そして2月からは、当時のあゆみの家の職員と同数の34名体制で引き継ぎが行われました。
法人の職員と区の職員が一緒になって、利用者お一人おひとりの特徴をじっくり確かめながら、介護にあたりました。
胃ろうや吸引といった医療的ケアを受けておられた7名の方についても、4名の看護師が時間をかけて引き継いでいきました。
4月以降の相談窓口も、事務職・福祉職・医療職を含む体制が組まれました。障害者福祉課に残ったあゆみの家の元職員が、何かあればすぐ現場に駆けつけられる仕組みもつくられています。
「建物」を引き継ぐのではありません。
一人ひとりの命と暮らしを引き継ぐ。
だからこそ、時間も人も必要でした。
移行後、現場がつくった新しい「あゆみの家」
2012年4月、社会福祉法人による運営が始まりました。
その後、入浴設備が整備され、サービス提供時間が延長され(午後3時→3時30分)、土曜ケアサポート事業が新しく立ち上がりました。移行のときに「本当にできるのか」と心配されていた事業が、一つひとつ形になっていきました。
区の説明によれば、移行後の父母会の雰囲気は「いい意味で、だんだん和やかに」変わっていったといいます。
これは、制度が良かったからではありません。新しく現場に入った職員の皆さんが、日々の仕事で信頼を積み上げてくださった結果です。
私は指定管理への移行には反対しました。
しかし、そのことと、移行後に利用者のために力を尽くしてきた現場の職員の皆さんへの評価は、別です。
制度への評価と、現場で働く人への敬意を、混同してはいけない。
これは、いまも私が大切にしている考え方です。
年間およそ1億円――削減した財政負担を、いま現場へ
一方で、区の答弁によれば、指定管理者制度への移行による経費削減効果は、年間およそ1億円でした。その大部分は、人件費相当とされています。
私は決算の場で、こう申し上げました。
福祉職は、人件費や定着の面で難しさがある。継続して勤めていただく方の経験に見合った昇給への配慮がなければ、5年後どうなるのかという保護者の不安は消えない――。
この問いは、いま、さらに切実になっています。
指定管理への移行によって減らした区の財政負担を、過去の「改革成果」のままで終わらせてよいのでしょうか。担い手不足が深刻ないまこそ、支える人を確保し、働き続けてもらうための財源として、現場に還元すべきです。
とりわけ新宿区は家賃が高く、福祉職が区内や通勤しやすい地域に住み続けること自体が大きな負担です。区独自の家賃補助は、人材の確保と定着に直接つながります。
同時に、事業者任せにせず、区が人件費補助に踏み出すべきです。経験に見合った昇給、看護師や医療的ケアを担う職員の確保、長く働ける賃金水準を支える仕組みが必要です。
もちろん、当時の削減額がそのまま別枠で残っているという意味ではありません。しかし、福祉の民営化・指定管理化によって区が減らしてきた財政負担があるのなら、担い手不足でサービスの継続が危ぶまれるいま、その財政的余力を処遇改善へ振り向けることは、区の責任ではないでしょうか。
それから十数年。
いま障害福祉の現場から聞こえてくるのは、こういう声です。
「募集しても人が来ない」
「ベッドはある。でも職員がいないから動かせない」
20年前から私があゆみの家で考えてきた「福祉は人」という問題は、決して過去の話ではありません。人件費を抑えることで制度を維持する発想から、支える人への投資によって福祉を持続させる発想へ。いま新宿区には、その転換が求められています。
もう一つ、20年間残った宿題――ショートステイ
最後に、私自身の宿題を書いておかなければなりません。
私は2005年の段階から、あゆみの家の短期入所を1床から2床へ増やすこと、医療的ケアが必要な方の短期入所を整えることを求めてきました。
しかし、建物の構造上むずかしいとされ、短期入所は1床のままです。
そして2026年の夏、新宿区手をつなぐ親の会の皆さんとの懇談で、私が聞いた最も切実な声の一つが、これでした。
「ショートステイが足りない」
20年前に残った宿題が、いまも目の前にあります。
私は、この宿題をまだ果たせていません。
「福祉は人」――20年前も、いまも
あゆみの家と20年以上かかわってきて、私が学んだことがあります。
福祉は、人です。
立派な建物をつくるだけでは足りません。
ベッドを増やすだけでも足りません。
利用する方のことを知り、寄り添い、支える職員がいる。
医療的ケアを担う看護師がいる。
家族の相談を受け止める人がいる。
そして、そうした専門職が経験を積み、生活の見通しを持って、安心して働き続けられる環境がある。
そこまであって、初めて「福祉の充実」と言えるのではないでしょうか。
20年前、私はあゆみの家で職員配置を問い続けました。
指定管理への移行時には、看護師4名の配置と、34名体制での丁寧な引き継ぎを求めました。
そして2026年。
いま再び、障害福祉の現場から「人がいない」という声を聞いています。
20年前も、いまも、答えは同じです。
「支える人」を支えなければ、福祉は続かない。
そのために、指定管理への移行で削減した財政負担を、いまこそ家賃補助や人件費補助として現場へ戻し、職員の確保と定着を区が直接支える。私は、この具体化を求めていきます。
あゆみの家で学んだこの原点を、新宿区全体の障害福祉へ。
そして、20年前から残っている短期入所という宿題にも、引き続き取り組みます。
「制度がある」だけではなく、「実際に安心して使える」福祉へ。
これからも、ご本人、ご家族、そして現場で働く皆さんの声を聞き、議会へ届けていきます。
📌 これまでの歩み
・1960年:あゆみの家の前身「ひまわり学級」が小学校内で開設
・1971年11月:新宿区立あゆみの家が開設(定員30名)
・2004年:産休・育休の代替職員を正規で配置するよう委員会で要求。区は過員配置で対応。当時は定員45名に対し職員30名(おおむね1対1.5)の手厚い配置
・2005年:区の第二次行財政改革計画に「指定管理者制度への移行を含めて検討」。前年から保護者会が4回にわたり区と協議し、「引き続き区の直営事業で」と区長宛に要望。委員会で幼児部門の分離・「第二のあゆみの家」整備を提起し、短期入所の1床から2床への増床を要望
・2000年代半ば:改修にともなうアスベスト除去工事で飛散が発生。原因究明と再発防止を求め、以後の区有施設の工事に教訓を反映
・2010年:区があゆみの家の指定管理者制度への移行を発表
・2011年:保護者会が区議会に陳情(引き継ぎの充実/移行後の看護師の待遇/利用者への支援体制)。看護師4名体制を確保。公募に応じた法人は1者。指定議案の審議で「くれぐれも事故があってはならない施設」と要望
・2011年11月〜2012年3月:引き継ぎを段階的に拡充(11月5名 → 1月23名〈看護師4名を含む〉→ 2月には当時の職員と同数の34名体制)。胃ろう・吸引など医療的ケアを受ける7名の引き継ぎも実施
・2012年4月:社会福祉法人による指定管理運営が開始。入浴設備の整備、サービス提供時間の延長(15時→15時30分)、土曜ケアサポート事業の立ち上げ
・その後:指定管理移行による経費削減効果は年間およそ1億円(大部分が人件費相当)と区が答弁。決算の場で経験に見合った昇給への配慮を求め、現在は、その財政的余力を家賃補助・人件費補助として処遇改善へ振り向けることを提案
・2026年7月:新宿区手をつなぐ親の会との予算懇談で、改めて「ショートステイが足りない」の声
・2026年11月:あゆみの家、開設55年
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20年前にあゆみの家で問い続けた「福祉は人」というテーマは、いま新宿区全体の課題になっています。
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「区民のためなら、あきらめない」
出典・確認資料
・新宿区議会 各委員会・予算特別委員会・決算特別委員会 会議録(あゆみの家に関する川村のりあき委員の質疑一式)
会議録検索システム https://ssp.kaigiroku.net/tenant/shinjuku
・新宿区「新宿区立あゆみの家」(所在地・定員・指定管理者・事業内容)
https://www.city.shinjuku.lg.jp/fukushi/file06_06_00009.html
・新宿区立あゆみの家 公式サイト(沿革・1960年「ひまわり学級」/1971年11月開設、および指定管理者制度移行の経緯)
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