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人を避ける選挙? 緊急事態宣言下ではじめての国政選挙 衆院静岡4区補選・現地ルポ(前編)

2020/4/25

畠山理仁

畠山理仁

選挙なのに人を避ける?緊急事態宣言下で行なわれる初めての国政選挙

新型コロナウイルスによる感染拡大が進む中、全国には緊急事態宣言が出されている。しかし、そんな状況でも予定通り行なわれている選挙がある。

4月14日告示、4月26日投開票の衆議院議員静岡4区補欠選挙だ(望月義夫元環境相の死去に伴う補選)。

この補選の告示に先立つ4月6日、国は7都府県に緊急事態宣言を出した。この時、静岡県は対象地域には入っていなかった。

しかし、補選告示後の4月16日、国は対象地域を全国に拡大した。そのため、静岡4区補選は「緊急事態宣言下で行なわれる初めての国政選挙」となっている。

私はもともと静岡4区の補選を取材する予定でいた。それは3月に行なわれた熊本県知事選挙を現地で見て、「有権者が落ち着いて選挙に向き合う権利が脅かされているのではないか」との疑問を抱いたからだ。

熊本県知事選では、現職は一度も街頭に立たなかった。それでも現職が当選した。投票率は45.03%で、前回知事選の51.01%から5.98ポイントもマイナスとなった。

しかし、静岡4区補選は全員が新人の争いだ。どんな選挙戦になるのかが気になり、現地取材をすることに決めたのだ。

本来であれば、立候補届出順に取材をしたいところだ。しかし、今回の補選取材は、私一人で全候補をカバーしなければならない。そのため事前に全候補の予定を調べ、純粋に地理的な要素で取材順序を決めた。それ以外の他意がないことはご理解いただきたい。

さて、いよいよ本題に入る。

私が補選告示の前日午後、各陣営に「第一声」の予定を聞いてまわると、異例の答えが返ってきた。

「出陣式や出発式はやりません」

そう答えたのは、ふかざわ陽一候補の陣営である。告示日は選挙区内にある龍華寺で望月氏の墓参を済ませた後、10時から龍華寺前で第一声の演説をすることだけが決まっているという。

この選挙には、4人の候補者が出ると予想されていた。私のように一人で取材をする場合、複数の候補者の第一声の時間が重なれば苦渋の選択をしなければならない。効率的な取材スケジュールを組むためには、全候補の日程を知ることが必要になる。

そこでふかざわ候補の事務所に告示日の全日程を聞いてみると、さらに驚きの答えが返ってきた。

「人が集まっていないような所を探してやります。第一声以外の場所は決めていません」

ええっ! 選挙なのに人を避ける?

「新型コロナの問題がありますからね。人がいないけれど、目立ちそうなところ。変な話ですけれど、そういうシチュエーションを求めて選挙区内を走ります。応援も呼ばないので、一人でポツンとやる様子をインターネットで動画配信する予定です」

つまり、告示日にふかざわ候補を確実に取材する機会は第一声の一択だ。そこを逃せば、候補者を探して広い選挙区内をやみくもに走り回ることになる。しかも、見つけられるという確証はどこにもない。

新型コロナウイルスは、確実に「選挙のやり方」や取材方法に変化をもたらしている。

会釈はするが、握手はしない。いつもと違う「第一声」

「会釈はするが、握手はしない」深沢陣営の第一声の様子 (畠山理仁 撮影)

告示日にふかざわ候補の第一声を取材に行くと、たしかに普通の「第一声」とは様相が違った。通常であれば第一声には大勢の支援者が集まるが、そこにいたのは報道陣だけだった。

近所に住む数人の支援者の姿は見えたが、遠巻きに見るだけで候補者とは接触しない。会釈はするが、握手はしない。ウイルスに気を遣い、大きく距離をとっていた。

報道陣も距離には気を使っている。しかし、人数が多いためどうしても密集する。マスクをつけて距離を取り、メガネをかけ、手で顔やマスクを触らないように気をつけながら取材した。こまめにアルコールで手指を消毒する。咳をしている人には近づかない。まわりに気を使いながらカメラを構える中、ふかざわ候補の第一声が始まった。

「亡くなられた望月義夫先生の後任として立候補したふかざわ陽一でございます」

演説場所の龍華寺前は、亡くなった望月議員が初陣を張った場所でもあるという。

「望月先生の後任として、しっかりと責任を果たさなければいけない。そういう思いでこの場所に立たせていただいています」

演説の最初は新型コロナウイルスの問題だ。

「今回、本当に選挙ができるのか、という話も後援会活動の最中にいただきました。しかし、全国で唯一行なわれている選挙戦において、みなさんの思いを吸い上げる責任もあると思います」

ふかざわ候補の選挙公報に書かれた内容も、新型コロナウイルスへの対策が中心だ。「中堅・中小・小規模事業者や個人事業主への現金給付」や「雇用調整助成金の大幅要件緩和」「所得の減少に伴って生活が困難となる世帯に対し、一世帯あたり30万円、総額4兆円の現金給付」などの言葉が載っている。

演説の間も、ふかざわ候補はずっとマスクをつけ、白い手袋をしていた。演説後のぶら下がり取材の場で、私が「消費税の減税についてのスタンス」を質問したときも、深澤候補はマスクをしたまま次のように答えた。

「自民党の中でも、今回提言がありました。『全品目軽減税率で5%』に私は賛同しております。恒常的に下げるのは財源の問題、子育てや教育のメニューの不安定化につながる可能性もあるので慎重に考えるべきですが、自民党の提言に関しては賛同しております」

選挙戦での新型コロナウイルス対策について問われると、「握手はしない。集会はしない。マスクも外さない」と答えた。

ウイルスという見えない敵が存在する選挙では、候補者の顔も見えにくい。そのため、SNSでの街頭演説の動画配信や、応援する議員の動画も紹介するなどの工夫をしている。期日前投票の活用を訴えたり、投票所のウイルス対策を紹介したりもしている。街頭での接触が減った分、インターネットを活用する比重が従来よりも高まっている。

それでも、従来の選挙と同じ光景が消えたわけではない。私が告示日にふかざわ候補の選挙事務所を尋ねると、事務所内に並べられた長机の前にマスクをしたスーツ姿の人たちが大勢座っていた。彼らは室内で一心不乱に政策ビラに証紙を張っていたのだ。

私はその様子を撮影したいと申し出たが、事務所のスタッフに丁重に断られた。もし、小池百合子東京都知事があの光景を見たとすれば、きっとこう言っていただろう。

「密です」

 

宝くじも買わなきゃ当たらない。選挙も出なけりゃ当選しない。

「笑うことがコロナに対してもいいんです」と語る山口氏 (畠山理仁 撮影)

次に訪れたのは、山口けんぞう候補の第一声だ。山口候補は自宅近くの草薙神社でお祓いをした後、JR草薙駅前で第一声を行った。

山口候補はマスクをしていなかった。私が新型コロナ対策を尋ねると、笑って答えた。

「私にコロナは関係ない。私は政策の一つに小林正観先生が提唱した『そ・わ・か』の実践を挙げています。『そ』は掃除。『わ』は笑い。『か』は感謝。笑うことがコロナに対してもいいんです」

他の候補者はマスクをしている。山口候補はずっとマスクをしないつもりだろうか。

「私はマスクに頼りません。ヨーグルトなどの乳酸菌、味噌などの発酵食品、きのこ・海藻類、無農薬野菜、蜂蜜などをバランスよく取り、早寝早起きで睡眠を十分に取って太陽の光に当たります。あと、タバコは絶対にダメね。これは志村けんさんが身を以て教えてくださった。志村さんにはありがとうと感謝したい。あとは、美味しいものを食べること。私はカツ丼とウナギが好きでね。これが私のコロナ対策です」

山口候補から政策ビラを受け取ると、一番の政策は「SDGs(エスディージーズ)」とある。その隣には「ノアの方舟構想」という文字がある。これはどういうことなのか。

「今、静岡市清水区には新しい庁舎を津波危険地域に建てる計画があり、私は反対しています。そこで考えたのが、ノアの方舟構想です。ダイヤモンド・プリンセスのような大型クルーズ船に、役所機能、病院機能、ホテル機能をもたせ、平時は清水駅の近くの江尻埠頭に係留します。災害時には、このクルーズ船を対策本部、救急医療病院、避難住宅にして役立てます。他県や他国で災害が起きた時には、お助け船として出港します」

クルーズ船は高くつくのではないか。

「金額は500〜1000億円かかるでしょうから、市政レベルでは難しい。けれども、国家レベルで自衛隊の航空母艦を作る気になればできるでしょう。このアイデアは2月4日付で特許庁に実用新案登録願を申請しました」

ところで、衆議院議員選挙の立候補に必要な300万円の供託金はどうしたのだろうか。

「土地を売った」
え! 選挙のために!?

「いや、孫の教育費とかでいろいろかかるからね。土地を売って残ったお金です。最後まで妻を説得するのが大変でした」

近くでビラを持ち、山口候補を見守る妻にも話を聞いた。本当に納得したんですか?
「何を言っても本人の意思は変わらなかったんです。もう、あきらめ、です」

本当にあきらめだけでしょうか。
「私たちはあと10年生きられるかわからないけれど、自分たちの周りの子どもたちが本当に平和で豊かに暮らせるにはどうしたらいいかを考えました。元気なうちにできることをやってみよう。主人も私も悔いがないようにという判断です。究極の決断でした」

山口候補の妻は「本当は家のリフォームに使いたかった」と私に明かした。「旅行もいいですよね。お金はあっても邪魔になりませんものね」と上品な言葉遣いで教えてくれた。

山口候補は旧清水市議会議員選挙や市長選挙にも挑戦したことがある。その時の話を聞くと、「惨敗した」と本人が笑って語っていた。「勝てないと思う」とも言っていた。それなのに、なぜ今回の補選に立候補したのか。

宝くじも買わなきゃ当たらない。選挙も出なけりゃ当選しない。だからいつも宝くじは2枚か3枚買ってるんですよ。そしたら! 本当に10万円当たったことがあるんです!」

山口候補は、とことんにこやかに笑いを実践する。その和やかな雰囲気が報道陣にも伝染したのかもしれない。第一声後の囲み取材で、記者の一人がおどけた調子で聞いた。

「ここは草薙駅ですけど、SDGsの旗をつけているのは、やっぱり草薙の剣ですか?」
すると、山口候補は冷静に答えた。
「いや、これは槍です」

山口候補は笑いのツボを心得ていた。

(※後編に続く

衆議院議員小選挙区選出議員補欠選挙(静岡県第4区)の立候補者一覧(届出順・左から候補者届出政党の名称 候補者の氏名 年齢)

無所属 山口けんぞう(72)
無所属 田中けん(42) 立憲民主、国民民主、共産、社民推薦
自民党 ふかざわ陽一(43)
NHKから国民を守る党 田中けん(54)

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畠山理仁

畠山理仁

フリーランスライター。第15回開高健ノンフィクション賞受賞作『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)著者。他に『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』(集英社)など。興味テーマは選挙と政治家。

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