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人を避ける選挙? 緊急事態宣言下ではじめての国政選挙 衆院静岡4区補選・現地ルポ(後編)

2020/4/25

畠山理仁

畠山理仁

「人を避ける選挙? 緊急事態宣言下ではじめての国政選挙 衆院静岡4区補選・現地ルポ(前編)」はこちら

同姓同名の候補が2人‥まずは42歳の田中けん氏

全国の衆議院選挙で初めて実現した「野党統一候補」の田中けん氏(42才)(畠山理仁 撮影)

今回の静岡4区補選には、もう一つの特徴がある。それは同姓同名の候補が2人立候補していることだ。

一人は無所属の田中けん候補(42才)。田中けん候補(42才)は全国の衆議院選挙で初めて実現した「野党統一候補」である。

もう一人は「NHKから国民を守る党」の田中けん候補(54才)だ。

無所属の田中けん候補(42才)の第一声は、清水駅西口ロータリーで予定されていた。私は一人で取材しているため、物理的に第一声には間に合わない。そこで事前に予定が判明していた11時30分からのJR草薙駅前での演説を取材することにした。

偶然にも、山口候補と全く同じ場所だった。しかも、演説時間は重ならず、山口候補の演説が終わった直後の時間帯だ。

私は草薙駅で田中けん候補(42才)がやってくるのを待つことにした。

山口候補が第一声を終えて報道陣の取材に応じている間、街宣車よりも先に到着していた田中けん候補(42才)の陣営スタッフがマスク姿で様子を見守っている。11時30分からの演説場所を確保するためだ。

スタッフは時間が近づくと、山口候補に歩み寄って演説予定があることを告げた。

それを受けて、山口候補は報道陣への対応を切り上げた。自ら選挙区内の掲示板にポスターを張るため車に乗る。妻も乗る。荷台には、細かい路地にある掲示板にポスターを張るための三脚と折りたたみ自転車が積まれている。軽自動車の天井には、大きなソーラーパネルが設置されていた。

なにか充電しているのかと聞くと、エンジンが上がったときのためのバッテリーを充電しているという。仲睦まじい二人が軽自動車で草薙駅を後にするのを見送ると、ほぼ入れ替わりで田中けん候補(42才)の街宣車がロータリーに到着した。

遊説スタッフも候補者も、同じ黄緑色のジャンパーを着ている。マスクをつけて街宣車から降りると、候補者本人がマイクを持って演説を始めた。

街宣車の看板やたすきには、もうひとりの「田中けん」候補と区別するために「42歳」と書かれている。ウグイス嬢も「田中けん42歳」と年齢付きで紹介する。

事前に同姓同名の候補者が出ることを知っていたため、対策は取られている。また、年齢を記載しないと票が按分されてしまうことも強く意識していた。

ウイルスも聴衆も目に見えない‥ ひとり語りの演説会

『選挙ドットコム』の読者なら知っているはずだ。同一の選挙に同姓同名の候補者が複数名立候補した場合、開票作業は通常よりも複雑になる。その理由は、有権者がどちらの候補に投じたかの判断が難しくなるからだ。

どちらの候補への票かが確定できない場合、その票は各候補の得票割合に応じて「按分」される。つまり、今回の静岡4区補選では、「田中けん」とだけ書かれた票は「明確な一票」にはならない。「按分票」に回されることになるのだ。

駅頭でマイクを持った田中けん候補(42才)は、自身が全国初の「野党統一候補」であることを強調し、安倍政権を批判するとともに、自身への支持を強く訴えた。

「今の安倍政権からは、私たちの生活、暮らしを救っていくという決意は感じられません。本来であれば、自粛と補償はセットです。みなさんに自粛を要請するならば、国が『申し訳ない。あと2週間は我慢してくれ。家にいてくれ。事業を少し休止をしてくれ。その代わり、国がしっかり補償するんだ』と言う。いまはそうした国民と政治の信頼のつむぎあいが必要なんです」

従来の選挙であれば、ここで聴衆から「そうだー!」などの合いの手が入る。しかし、新型コロナウイルスの感染対策で、田中けん候補(42才)も聴衆の動員はしていない。そのため、演説は基本的にはひとり語りだ。

聴衆がいる普段の街頭演説がライブコンサートだとすれば、コロナ禍で行なわれる街頭演説は聴衆のいないカラオケだ。見慣れていないせいか、どこか物哀しい。演説している方も、語りかける相手が見えない。

「本来なら、多くの人に集まってもらって、この思いを届けたい、伝えたい。しかし、今回、新型コロナウイルスの影響で、なかなかみなさんに直接訴えられません。この声が聞こえた人は、よろしくお願いします」

それでも熱心な支援者が10人ほど集まった。それぞれが距離を十分とっているため、聞こえる拍手もまばらなものになる。

従来の選挙では当たり前だった、有権者との握手もしない。お互いにガッツポーズを取り、腕と腕とを軽くあわせる程度のふれあいだ。街宣車の中を覗くと、ウグイス嬢の目の前には「コロナ対策」と書かれたスケッチブックが掲げられていた。

※乗車前に手を洗いましょう
※乗車後 アルコール消毒をしましょう
※マイクカバーは3時間ごとに交換しましょう

ウイルスも目に見えないが聴衆も見えない。各陣営は、非常に手応えがつかみにくい選挙戦を強いられている。

それでもやはり、演説を聞きに来る支援者もいた。年配の夫婦に「わざわざ聞きに来たんですか」と問うと、マスクをした女性が「はい。そうです」と答えた。驚いたのは、女性の口から出た次の一言だ。

N国は同姓同名の候補をわざわざ立てるなんて、どういうつもりなのかしらね。選挙に出ることは権利だから止められないけれど、明らかに邪魔しにきてませんか? 有権者をバカにしていると思いますよ」

こちらから何も聞いていないのに「N国」の名前が浸透していたのは意外だった。

N国立花党首の現地入り そして事件は起きた…

ここまでに取り上げた3候補は、告示日の午前8時30分までに静岡県選挙管理委員会に到着した陣営だ。到着時間が同じ場合は、2度のくじ引きで届け出順を決めることになる。

しかし、4人目の候補者となるNHKから国民を守る党の田中けん候補(54才)の陣営はくじ引きを避け、午後3時過ぎに選管を訪れた。

届け出会場に現れたのは、田中けん候補(54才)本人ではなかった。NHKから国民を守る党の立花孝志党首だ。

立花党首は田中けん候補(54才)の立候補届出を済ませた後、こう明言した。
「候補者本人は選挙中に選挙区に入ることは一切ありません。本人にはインターネットでの選挙運動以外はしないようにと伝えてあります」

今回、立花党首は、あえて同姓同名の候補を立てることを計画した。N国党の秘書の中に、野党統一候補と同姓同名の人物がいたからだ。これを立花党首は「実験」だと言った。

多くの人は、「野党統一候補の票を減らすための作戦」だと思うかもしれない。しかし、立花党首に話を聞くと、そうではないという。

「大切なのは今回の補選ではありません。次期総選挙で、今の安倍政権を交代させることです。我々は今の安倍政権は明らかにおかしいと思っているので、そこを弱体化させるための選挙戦を考えています。次回の総選挙では、自民党の候補と同姓同名の候補をN国党から立てたい。そのためにも、同姓同名がどういう影響を受けるのか、どのように報道されるのかを見たい。また、票がどのように按分されるのかもみたい。実際の票をみるために、裁判をすることも視野に入れています

そして、立花党首はこんな予告もした。

「今回は事前に『同姓同名の候補を立てる』と発表しましたが、次回は完全極秘で当日に持ち込みます

選挙を冒涜している、という批判も当然起きる。しかし、同姓同名の候補が同一選挙に立候補することは、法律で禁じられているわけではない。もちろん、奇策ではある。

「静岡4区の有権者には一部申し訳ないとも思いますけれども、逆に有権者としてしっかり判断されるのであれば、二人の『田中けん』さんが出ていることを認識した上で投票していただきたい。年齢、政党で区別をして投票できるようになっていますから、しっかりとした一票を投じていただきたい」

立花党首はそう語ると、N国の田中けん候補(54才)はポスターも張らず、選挙公報への掲載もしないと説明した。

しかし、これでは有権者が「この選挙には3人しか立候補していない」と勘違いする可能性は否定できない。それでもN国のやり方は、現行制度上は違法ではない。有権者が自分の投じる一票を確実なものにするためには、名前だけでなく、年齢を書いて区別する必要がでてくる。N国は、そうした票が出ることをあらかじめ見越している。

「自民党の国会議員と同姓同名の方を募集します。安倍晋三さんとか麻生太郎さんとか。すでにふかざわ陽一さんという同姓同名の方は4人見つけています」

有権者は通常の選挙でも試されている。それは多くの場合、当選した政治家の任期中の行動から影響を受ける形で返ってくる。しかし、静岡4区補選の場合には、選挙の行方に影響を与えかねない形で、より細かく試されているといえる。自分の貴重な一票を無駄にしないためには、候補者の名前を書く時に慎重になる必要があるのだ。

立花党首は選管でN国の田中けん候補(54才)の立候補を届け出た後、選挙区内のポスター掲示板の前で、静岡4区補選の狙いを解説するYouTube動画を撮影した。

私がその様子を現場で取材をしていると、ちょっとした事件が起きた。黒い軽自動車に乗った男性が車を停めて窓を開け、運転席に座ったまま立花党首に罵声を浴びせたのだ。

「なんだよオメー、コロナうつしに来るなよ! 馬鹿者!」
立花党首が車に近づくと、男性は素早く車を走らせて遠ざかった。

「逃げるんですよねー。やましいから」
その1分後。さきほどの男性は車をUターンさせ、掲示板の前に戻ってきた。そして、再び立花党首に罵声を浴びせた。

「はやく帰れ! バカヤロー!」
その言葉を受け、撮影中にも関わらず立花党首は走って車を追いかけはじめた。私もあわてて立花党首と車を追いかけた。

私はいったい、何の取材をしているのか。300mほど全速力で追いかけたが、結局、車を見失い、掲示板の前に戻った。立花党首もYouTube動画の撮影を終えると、その足で東京へと帰っていった。開票日も含め、選挙中に静岡4区に入る予定はないという。

静岡4区で夜を迎えて、もっと驚いたことがあった。私は黒い軽自動車で走り去った男性を、偶然、別の場所で目撃したのだ。

一度は見失った男性を、探してもいないのに見つけるとは恐るべき偶然だ。やはり、選挙現場の取材は最高に面白い。

(おわり)

衆議院議員小選挙区選出議員補欠選挙(静岡県第4区)の立候補者一覧(届出順・左から候補者届出政党の名称 候補者の氏名 年齢)

無所属 山口けんぞう(72)
無所属 田中けん(42) 立憲民主、国民民主、共産、社民推薦
自民党 ふかざわ陽一(43)
NHKから国民を守る党 田中けん(54)

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畠山理仁

畠山理仁

フリーランスライター。第15回開高健ノンフィクション賞受賞作『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)著者。他に『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』(集英社)など。興味テーマは選挙と政治家。

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