さとう しゅういち ブログ
沖縄慰霊の日に考える 米軍もロシアも苦戦する時代に「抑止力」は通用するのか**
2026/6/23
沖縄慰霊の日に考える米軍もロシアも苦戦する時代に「抑止力」は通用するのか**沖縄慰霊の日。住民の四人に一人が犠牲となった地上戦の記憶は、いまも島の深層に刻まれている。その沖縄に、戦後79年を経た今日も、米軍基地の大半が集中し、さらに自衛隊の“抑止力”と称する攻撃型兵器が次々と配備されている。だが、世界の戦争の現実を見れば、「抑止力」という言葉だけで国民を安心させる時代は終わったのではないか という疑念が拭えない。
◆1. イランに苦戦した米軍、ウクライナに苦戦するロシアイランの飽和攻撃は、米軍の防空網を突破し、基地周辺に被害を与えたと報じられている。ウクライナは、無人艇や長距離ミサイルで黒海艦隊を後退させ、ロシア本土深部にまで攻撃を届かせた。ここに共通するのは、大国の軍事力が“絶対”ではないという現実。米軍は中東で飽和攻撃に苦戦ロシアはウクライナの非対称攻撃に苦戦この状況を見て、沖縄の人々が「本当に守られるのか」と不安を抱くのは当然だ。
◆2. 沖縄の基地は“守り”ではなく“攻撃の標的”になりうる沖縄に基地が集中しているのは、地理的理由だけではない。歴史的に「本土を守るための犠牲」として扱われてきた構造がある。そして今、米軍基地長射程ミサイルを持つ自衛隊が同じ島に集中することで、沖縄は攻撃対象としての価値がさらに高まっている。抑止力とは、相手が攻撃をためらう力だ。しかし、イラン型の安価な飽和攻撃が成立する時代に、基地の集中はむしろ“攻撃の誘因”になりかねない。
◆3. 「抑止力」の名の下に、沖縄に負担を押しつけ続けるのか沖縄戦の悲劇から79年。その沖縄に、再び攻撃の危険を集中させる政策は、歴史への敬意を欠く。沖縄の人々が繰り返し訴えてきたのは、「基地があるから守られるのではなく、基地があるから狙われる」 という切実な現実だ。イランやウクライナの戦況を見れば、その声は決して誇張ではない。
◆4. 必要なのは“攻撃力”ではなく“人を守る力”イラン型飽和攻撃に対抗するには、高価なミサイルではなく、安価な迎撃ドローン電子戦分散型防空といった新しい防衛体系が必要だ。さらに、沖縄が直面する最大の脅威は、台風の巨大化豪雨海面上昇といった気候危機でもある。沖縄の安全保障とは、軍事だけでは語れない。
◆5. 沖縄慰霊の日に問うべきこと沖縄戦の犠牲者を悼むこの日にこそ、私たちは問わねばならない。「沖縄に基地と攻撃型兵器を集中させることは、本当に国民を守る道なのか」イランでの米軍の苦戦、ウクライナでのロシアの苦境。これらは、“大国の軍事力に依存する安全保障”の限界 を示している。沖縄の人々が抱く不安は、決して感情論ではない。むしろ、世界の戦争の現実に最も敏感な警鐘である。
さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男