2026/5/6
私自身、今までの人生で色々と影響を受けた方がおられる。
人生観において。
そんな中、2004年に福岡県粕屋町に住民票を移し、粕屋町の中で最も影響を受けた方、藤川祐輔氏(以下、藤川先生)が5月3日、85歳で死去された。
昨日、葬儀に参列。
藤川先生との出会いは、
今から、13年前。
私が粕屋町議会議員として、2期目。
改選後にある、議員の役職として、議会選出の「粕屋町監査委員」というポストに選ばれてから。
そこで出会ったのが、藤川先生。
私の場合は、あくまで、議会選出。
しかし、藤川先生の場合は、町長による選出。
教育畑が長く、
数か所の福岡県内の県立高校長を歴任。
日本の三大国家資格(医師、弁護士)の一つ、公認会計士を取得。
そんな先生と4年間、一緒の空間で仕事をさせて貰った。
毎年、7月の月は、粕屋町の年度決算の監査になり、月の半数以上を役場内にある監査委員室に。
私が家族以外の人と接する時間が最も多かったのが藤川先生となる。
色々な雑談の中で、一つ紹介したい。
人選していく過程で面白いエピソードを聞き及んだ。
これは、多くの自治体組織に当てはまるのであろうが、特に、人口規模の小さい自治体にはね。
今までの粕屋町の歴史の中で、常識的に考えれば、
代表監査委員として藤川先生が選出されることはなかった。
どんなに、粕屋町に有益であっても、どんなに、優れた知能を持たれていても。
小さな自治体では、しがらみ、が優先されるからな。
当時、町長選挙で当選された小池町長により、その慣例が破られる。
小池町長が自ら三顧の礼で迎えられたのが藤川先生になる。
小池町長が選挙に当選されると、色々な方面から、監査委員に○○氏・△△氏・□□氏、等々、10名前後の提案がなされたようだ。
町長選挙の陣営幹部から、
当時の応援した現職の議員から。
しかし、小池町長は、全て、それらの提案を拒否される。
藤川先生によれば、
1人しか選べない中で、誰かの提案を受ければ、他の皆さんに角が立つ、と。
だから、この人選に関しては、自分で見つけ、自分で選びたいと。
そこで選ばれたのが藤川先生となる。
多くの組織で当てはまることだろうが、
特に民間では、
競争して生き残りのゲームだ。
責任あるポストに、能力よりも、自分の子飼いのイエスマンばかりを優遇していては、組織の発展は、見込めないだろう。
町内の政治において、
執行部に対し、
悪いことは悪い、と当たり前の様に指摘してくれた方であった。
この、当たり前、が実は、非常に難しいのだ。
小さい自治体であるほど。
先生は、貴重な人材であった。
!!!

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