2026/9/8
2026年9月6日。
市川市北方町にある「市川市市民プール」が、45年間の歴史に幕を下ろしました。
45年間。
この数字を聞くと、本当に長い歴史だったのだと改めて感じます。
子どもの頃に泳ぎに来た人。
夏休みに友達と遊びに来た人。
家族で毎年のように通った人。
子どもを連れて遊びに来た人。
きっと市川に暮らす多くの人に、それぞれの「市民プールの思い出」があるのではないでしょうか。
そして私にも、この場所にはたくさんの思い出があります。
■私にとっても「家族の夏の思い出」が詰まった場所
私も、毎年のように娘を連れて家族で市民プールに行きました。夏休みに娘を何回プールに連れて行けるかが良い父のバロメーターだと思っていました。
暑い夏の日に、家族で出かけて、一緒に泳いで、遊んで、帰ってくる。
今思えば、そんな何気ない時間が、とても大切な思い出になっています。
そして、家族だけではありません。
菅野小学校のお父さんの会では、みんなに声をかけて、子どもたちを連れて市民プールに行ったこともありました。
私が関わっているバスケットボールの子どもたちを連れて行ったこともあります。
そこには、学校も、学年も、スポーツも関係なく、たくさんの子どもたちがいました。
水着に着替えて、プールに入れば、みんな同じ。
子どもたちの笑い声があって、大人たちが見守っていて、地域の人たちが自然と同じ場所に集まっている。
今振り返ると、市民プールは単に「泳ぐための施設」ではなかったのだと思います。
人と人が出会う場所。
家族が一緒に過ごす場所。
子どもたちが思い切り遊べる場所。
そして、
地域の人たちが自然につながる場所。
そんな「みんなの居場所」だったのではないでしょうか。
これは私の考える「第3の居場所:サードプレイス」そのものです。
■市民プールは、45年間、市川の夏を支えてきた
市川市市民プールは1982年に開設され、45年間にわたって市民に利用されてきました。
50メートルプール、25メートルプール、流水プール、子ども用プール、幼児プール。
子どもから大人まで楽しめる、まさに市民のための施設でした。
市の資料によれば、2025年度の利用者は64,298人。
年間約6万4千人もの市民が利用していた場所です。
もちろん、施設が古くなれば、安全面や維持管理、更新費用など、行政として考えなければならない問題があります。
「昔からあるから残す」というだけでは、これからの公共施設行政は成り立ちません。
それは理解しています。
だからこそ、私は今回の閉鎖を、
「市民プールがなくなった」
という一言で終わらせてはいけないと思っています。
■なくなるのは「プール」だけであってほしい
私が一番大切にしたいのは、ここです。
市民プールという「施設」は、なくなりました。
でも、
市民プールが45年間かけてつくってきた「居場所」としての役割まで、なくしてはいけない。
私はそう思っています。
新しい施設をつくるのであれば、
「何を建てるか」
だけではなく、
「どんな場所にするのか」
を考えてほしい。
子どもたちが気軽に遊びに来られる。
家族で過ごせる。
地域の大人と子どもが出会える。
スポーツを始めるきっかけが生まれる。
学校や地域の活動がつながる。
そんな場所を、これからも市川に残していきたい。
■市民プールの「次」は、すでに動き始めています
市川市では以前から、「北東部スポーツタウン基本構想」が進められてきました。
市民プール跡地についても、これまで「(仮称)東市川スポーツプラザ」などの構想が検討されてきました。
そして現在、市は「北東部スポーツタウン基本構想改定版(素案)」を示しています。
今回の素案では、市民プールとその周辺を事業対象地として、
・アメリカンフットボール用グラウンド
・少年ラグビー・少年サッカー等に利用できるグラウンド
・クラブハウス等
の整備が示されています。
スポーツの拠点として生まれ変わる。
それ自体は、とても大きな可能性を持っていると思います。
■でも、「競技場」だけにはしてほしくない
新しく整備する場所を、
「競技をする人のためだけの施設」
にはしてほしくありません。
もちろん、競技スポーツの環境を整えることは大切です。
サッカー、ラグビー、アメリカンフットボールなど、さまざまなスポーツに取り組む子どもたちにとって、素晴らしい環境になる可能性があります。
そして、これから進んでいく部活動の地域展開においても、地域クラブの活動場所として大きな役割を果たせるかもしれません。
しかし、それだけではありません。
私はここに、
「市民プールのような温かさ」
を残してほしいと思っています。
■スポーツをしない人にも「居場所」であってほしい
例えば、
子どもがスポーツをしている間、家族が過ごせる場所。
練習が終わった子どもたちが、仲間と話せる場所。
地域の高齢者が散歩できる場所。
親子で立ち寄れる場所。
ちょっと休憩できる場所。
地域のイベントができる場所。
スポーツを始めたい人が、気軽に一歩を踏み出せる場所。
そして、何より、
「ここに来れば、誰かがいる」
と思える場所。
私は、そんな場所を市川につくってほしいと思います。
■「みんなの居場所」は、数字だけでは測れない
行政では、利用者数や建設費、維持管理費など、数字で考えることが必要です。
もちろん、それは大切です。
でも、公共施設には数字だけでは測れない価値があります。
私が娘と過ごした時間。
お父さんの会の仲間たちと子どもたちを連れて行った時間。
バスケットボールの子どもたちと一緒に遊んだ時間。
きっと、同じような思い出を持っている市川市民がたくさんいます。
その一つひとつは、行政の資料には数字として残らないかもしれません。
でも、
それこそが「まちの記憶」なのだと思います。
■だから私は「なくす」のではなく「受け継ぐ」まちづくりをしたい
市民プールをそのまま残すことが難しかったとしても、
そこで生まれていた、
家族の時間。
子どもたちの笑顔。
地域のつながり。
スポーツとの出会い。
世代を超えた交流。
そうしたものまでなくしてしまう必要はありません。
むしろ、新しい施設だからこそ、
もっと多くの人が集まれる場所にできる可能性があります。
プールという形は変わっても、
「市民のための場所」という精神は残せるはずです。
私はそう考えています。
■次の45年を、みんなでつくりたい
今回、市川市では「北東部スポーツタウン基本構想改定版(素案)」について、9月8日から10月7日までパブリックコメントを募集しています。
私は、この機会を大切にしたいと思っています。
行政が決めたものを、市民に知らせる。
それだけではなく、
「市川の次の45年を、どんな場所にしたいのか」
を、市民と一緒に考えていく。
それがこれからの市政には必要だと思います。
■45年間、本当にありがとう。
市民プールは、今日からはもうありません。
でも、私たちの中に残っている思い出までなくなることはありません。
私にとっては、
娘と過ごした夏。
家族で笑った夏。
お父さんの会のみんなと子どもたちを連れて行った夏。
バスケットボールの子どもたちと一緒に過ごした夏。
その一つひとつが、大切な思い出です。
そして、きっと市川のどこかに、
同じように市民プールを思い出す人がたくさんいるはずです。
だから私は、
「ありがとう、市民プール。」
だけで終わらせたくありません。
「ありがとう。そして、あなたが残してくれたものを、次の世代へつないでいこう。」
そう言いたいです。
市民プールという「施設」は終わりました。
でも、
みんなが集まり、笑い、つながる場所まで終わらせない。
形が変わっても、
市民プールのような温かい「みんなの居場所」を、市川に残していきたい。
それが、私の願いです。
市議会議員を目指す一人として。
そして、市川で暮らし、子どもたちと地域で活動してきた一人として。
次の45年を、みんなでつくる。
そんな市川にしていきたいと思います。
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ジンノ アキオ/45歳/男
ホーム>政党・政治家>じんの あきお (ジンノ アキオ)>45年間ありがとう、市川市市民プール。――次の45年を、みんなの居場所に。