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おおさわ あつし ブログ

加須駅前の1995→2025の変遷を"写真なしで"言語化してみる

2026/4/30

写真がなくても——言葉で見えてくることがあります。

1995年から2025年——30年間の加須駅前を、記憶と言葉だけで描いてみます。

「あの頃あったよね」「そういえばそうだった」——加須市民なら、きっと目に浮かぶはずです。

 

1995年の加須駅前——あの頃の風景

駅を降りた瞬間

改札を出ると——キオスクがあった。スポーツ新聞、週刊誌、ガム、タバコ——小さいけれど、なんでも揃っていた。「ちょっと待って、キオスクで買い物してくる」——そんな会話が日常だった。

改札のすぐそばに——うどん屋があった。立ち食いスタイルで、出汁の香りが改札まで漂ってきた。朝の通勤前に、さっと一杯食べていく人たちがいた。

駅ビルの中

1階におりると——マクドナルドがあった。

放課後の高校生たちが、制服のまま席を占領していた。60円のハンバーガーを買って、何時間も話し込んでいた。「今日どこ行く?」「とりあえずマック」——あの頃の加須の若者の合言葉だった。

3階には——ガラス張りのレストランがあった。駅前の風景が見渡せる、ちょっと大人な雰囲気の場所。家族の誕生日、ちょっとした記念日——特別な日に行く場所だった。

本屋もあった。参考書、漫画、雑誌——放課後に友達と立ち読みして、店員さんに怒られた記憶がある人も多いはずだ。

たい焼き屋があった。外はカリカリ、中はあんこがたっぷり——駅前を歩きながら食べる、あのたい焼きの味を今でも覚えている。

グランマルシェ

駅から少し歩いたところに——グランマルシェがあった。

ボウリング場。ゲームセンター。モスバーガー——「今日グランマルシェ行かない?」という誘いが、週末の合言葉だった。

ゲームセンターのあの喧騒。ボウリングのピンが倒れる音。モスバーガーの独特の香り——全部、1995年の加須駅前の記憶として残っている。

道沿いには——ラーメン屋、うどん屋が並んでいた。学校帰りに友達と入って、「何食べる?」と悩んだあの時間が、今となっては宝物だ。

パチンコ屋も数軒あった。高校生だったから入れなかったけど——なんとなく大人の世界の匂いがした。

カラオケもあった。マイクを握って、好きな曲を熱唱した——あの頃流行っていた曲と一緒に、加須駅前の記憶が蘇ってくる。

1995年の加須駅前を一言で表すなら——「用が足りる街」だった。

わざわざ久喜や大宮に行かなくても、加須駅前で十分に楽しめた。「今日は加須と久喜、どっちで集まる?」——この問いが成立していた。

 

2000年代——少しずつ変わり始める

2000年代に入ると——少しずつ変化が現れ始めた。

グランマルシェが静かになっていった。ゲームセンターの台数が減った。ボウリング場が閑散としてきた——気づけば、あれほど賑やかだった場所が、なんとなく寂しくなっていた。

駅ビルのマクドナルドは——まだあった。でも、席を占領する高校生の数が減っていた。

インターネットが普及し始めた頃——「ネットで買えばいい」という文化が生まれ始めた。本屋に行かなくてもAmazonで本が買える。CDショップに行かなくてもダウンロードで音楽が聴ける——商店街に「行く理由」が、少しずつ薄れていった。

それでも——加須駅前には、まだ人がいた。まだ活気があった。「少し寂しくなったけど、まだ大丈夫」——そんな空気だった。

 

2010年代——加速する空洞化

2010年代——変化が加速した。

ヨーカドーが撤退した。「ヨーカドーがなくなるなんて信じられない」——そう思った加須市民は多かったはずだ。ヨーカドーは単なるスーパーではなかった。食品、衣類、家電、レストラン——「ヨーカドーに行けばなんでもある」という安心感があった。

その安心感が、なくなった。

グランマルシェも——完全に過去のものになっていた。

ユニクロが撤退した。青山が撤退した。るーぱんが消えた。ロマンチック街道が消えた——一つ一つは小さな撤退でも、積み重なると「加須から選択肢が消えていく」という現実が見えてきた。

駅ビルのマクドナルドも——撤退していた。

あの放課後の高校生たちの声が、聞こえなくなっていた。

「今日は加須と久喜、どっちで集まる?」——この問いが、成立しなくなっていた。答えは明らかだった。久喜に行けばモラージュがある。アリオがある。でも加須には——。

 

2020年代——静寂の駅前

2025年の加須駅前——。

駅を降りると、静かだ。

キオスクはない。うどん屋はない。マクドナルドはない。本屋はない。たい焼き屋はない。ガラス張りのレストランはない——。

駅ビルは営業を終えている。シャッターが下りたままだ。

1995年に「当たり前」だったものが——全部なくなっている。

カスミも撤退することが決まった。ビバモール加須の空き店舗は増え続けている——。

でも——。

 

それでも、変わらないものがある

30年間で——多くのものが消えた。

でも、変わらないものもある。

利根川は——今日も流れている。渡良瀬遊水地は——今日も広大な空を映している。總願寺の境内は——今日も静かで荘厳だ。玉敷神社の藤は——今年も美しく咲いた。北川辺米は——今年も美味しく実った。

そして何より——加須市民の加須への愛情は、変わっていない。

グランマルシェを懐かしむ人がいる。駅ビルのマクドナルドを恋しく思う人がいる。あの頃の加須駅前を「もう一度」と願っている人がいる——。

愛情が残っている限り、街は終わらない。

 

1995→2025、この30年が教えてくれること

30年間の変遷を言語化してみて——一つのことが見えてきました。

加須駅前が失ったのは——「物を売る場所」だけではありませんでした。

人が集まる理由。友達と過ごす時間。地域のつながり。「ここが好き」という誇り——これらを失ってきた30年間でした。

だからこそ——取り戻すべきものは、商業施設だけではありません。

人が集まれる場所。友達と過ごせる時間。地域のつながり。「加須が好き」という誇り——これらを取り戻すことが、本当の意味での加須駅前の再生です。

 

2030年の加須駅前を、言語化してみる

最後に——未来の加須駅前を、言語化してみます。

駅を降りると——カフェの香りがする。

改札を出たところに——スターバックスがある。テラス席では、新住民のお母さんと地元のお母さんが、子育ての話をしながらコーヒーを飲んでいる。

駅ビルの1階には——マクドナルドが戻ってきている。放課後の不動岡高校生たちが、制服のまま席を占領している。「今日どこ行く?」「とりあえずマック」——あの会話が、また聞こえてくる。

2階のクリエイタースペースでは——イラストレーターが渡良瀬遊水地の風景を描いている。その絵が、全国のアニメファンの心を動かしている。

週末には——駅前広場でマルシェが開かれている。北川辺米のおにぎり、加須うどん、地元野菜——新住民と旧住民が、同じ場所で笑顔で話している。

「今日は加須と久喜、どっちで集まる?」——この問いが、また成立している。

1995年の加須駅前が持っていたもの——人の声、笑い声、食べ物の香り、友達との時間——これらが、2030年に形を変えて戻ってくる。

そのために——今、動いています。

 

おわりに

1995→2025、30年間の加須駅前を写真なしで言語化してみました。

失ったものは多い。でも——愛情は残っている。

その愛情を力に変えて——2030年の加須駅前を、一緒に作っていきましょう。

あの頃の笑い声を、もう一度。

 

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著者

おおさわ あつし

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肩書 一般社団法人日本外国人材振興機構 代表理事/JFRアカデミー(ネパール)校長
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