2026/6/1
たなえひさし【新宿区会議員・西新宿】
今朝もラジオ体操でした。

中央公園のラジオ体操は6:10から「新宿いきいき体操」、「モーニングストレッチング」、「みんなの体操」を終えてから
やっとラジオ体操第一が始まるというガチラジオ。
更に体操後は、みなさんでKさんを円で囲み、雑学コーナー。
Kさんは、いつも体操に参加されている、ラ人財(ラジオ体操の人財)。とにかく物知り。お話に「へぇ!」が詰まっています。
たなえはKさんのお話を聞いて即スマホにメモし、聞き逃したところはちょっとネットも使って😆「へぇ!」を共有します。

大久保
大久保は、昔は「大窪」とも書かれた土地です。


江戸の地図を見ると、今の大久保あたりに「大窪村」の文字が見える。
「窪」は、低くくぼんだ場所という意味。
このあたりの地形から、そう呼ばれたと考えられる。
明治の地図になると、「大久保村」と書かれている。
「大窪」から「大久保」へ
近くには百人町がある。
百人町の名は、江戸時代に鉄砲組百人隊が住んでいたことに由来。
さらに皆中稲荷神社もある。
「皆中」は、みなあたる、という意味。
鉄砲に関わる人たちの信仰を集めた神社で、今では勝負事や的中祈願でも知られている。
平和な時代になると、隊士たちは屋敷の中でつつじを育てるようになった。
これが評判となり、「大久保つつじ」と呼ばれる江戸の名物になる。
大久保はつつじの名所として知られ、多くの人が花を見に訪れた。
明治には、明治天皇も訪れ、つつじの見頃には、臨時列車が出たともいう。
だが、鉄道の整備や宅地化、戦災によって、つつじ園は少しずつ姿を消していく。
今、大久保つつじは地域の人たちによって、もう一度育てられている。
大久保小学校やまちかど、新宿中央公園にも植えられ、春になると花を咲かせる。
今、にぎやかな大久保・百人町には、地図を重ねてみると、「大窪」と呼ばれた地形の記憶、
江戸を守った鉄砲隊、そして彼らが育てたつつじの記憶が残っています。
🕺中央公園ラジオ体操🤸(たなえは2026年月平均14日通いを目標にします)
たなえひさし
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