2025/8/3
2025年6月、日本の児童相談所による「一時保護」に対して、ついに「司法審査」が導入されました。
しかし、その実態は、国際的な人権侵害の批判をやり過ごすために設けられた「形だけ」の制度にすぎません。
本来、一時保護とは、虐待などの疑いがある子どもを一時的に施設などに保護し、身の安全を確保するための措置とされています。
ところがこの制度、実際には子どもから自由を奪い、親子を長期間にわたって引き離す重大な人権制限であるにもかかわらず、その発動においては、驚くほど形式的で、不透明な運用がまかり通っているのです。
6月から始まった一時保護状の制度では、児童相談所長が申請書と必要書類を家庭裁判所に提出すれば、ほとんどのケースで当日か翌日には一時保護状が発行されるというのが実態です。
これは書類審査のみで行われ、しかも非訟事件(=当事者の意見聴取や口頭弁論を要しない事件)として扱われます。つまり、
子ども本人 子どもの保護者(親など)
には意見陳述や異議申し立ての権利が一切与えられていないのです。
児童福祉法第33条は、児童相談所長に対し「保護が必要と認めた場合には保護できる」と規定しており、裁判所の判断が本質的に不要な設計になっています。
そのため、司法審査制度が導入された今でも、裁判所が児相の申請を拒否することはほとんど期待できません。
つまり、
児相が出す申請書類に不備がなければ、保護状は自動的に発行される
裁判官には拒否権が事実上ない
審査が公正かどうかを検証する仕組みが存在しない
この制度を「司法審査」と呼ぶのは、あまりに無理があります。
なぜこんな制度が導入されたのでしょうか?
それは、国連などの国際機関から、日本の児童相談所の一時保護制度が長年にわたって「重大な人権侵害である」と批判されてきたからです。
実際、日本政府に対しては、「一時保護に裁判所の関与すらないのは人権侵害であり、33条の条文を変えよ」という勧告も出されています。
今回の制度導入は、そうした批判を交わすための“アリバイ作り”に過ぎないと見る向きが強いのです。
ところが、司法審査制度の導入をめぐる報道では、
「児相の事務作業が増えて大変」
「スムーズな保護が難しくなる」
といった現場の業務負担ばかりが強調され、
制度そのものの欠陥や、人権的観点での問題点にはほとんど触れられていません。
一時保護状は、本来は家庭裁判所の裁判官が発行します。
しかし、緊急性を理由に、実際には地裁や簡裁の裁判官の名前で発行されることも多く、その多くが形式的に処理されているというのが実態です。
「どの裁判官でもいいから早く出せるようにする」
こうした緊急対応が、そもそも人権を制限する法的手続きにふさわしいのでしょうか?
書類審査で子どもの自由が奪われ、親子が分断されている現状は、もはや「人道的配慮」などとは無縁の制度と化しています。
この制度によって、本当に利益を得ているのは誰でしょうか?
子どもは長期間にわたり自由を奪われ、精神的な苦痛を受ける
親は異議申し立てすらできず、子どもとの面会も認められない
児相職員は手続きが煩雑になり、裁判官は責任だけを負わされる
この制度で救われている人間など、誰一人として存在しないのです。
児童福祉法の理念は「子どもの最善の利益を守ること」にあります。
その理念を実現するためには、
一時保護の要件をより明確に定義する
司法審査に異議申し立てや意見陳述の制度を導入する
透明性と説明責任を持った制度設計に見直す
といった、抜本的な制度改革が必要です。
子どもを守るという名目で、子どもを苦しめてはいけない。
その原則に立ち返るべき時です。

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