2026/7/7
こんにちは、田中ヒロシです。
いよいよ本格的な夏が近づいてきましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。 梅雨の晴れ間にのぞく青空に、夏の力強い日差しを感じる今日この頃です。
私は、この5月、6月は町会の総会や赤十字、お祭り、選挙に管理組合のあれこれとか。
なんといっても6月28日開催のマックス&ヒロシ混沌の世界どうする日本?!などがあり、結構ヘロヘロです。
さて、本日の投稿は、五節句の4番目にあたる、7月7日の「笹竹(ささたけ)の節句」についてです。現代では一般的に「七夕(たなばた)」として親しまれていますね。
そうそう、やっちまいました!
3月の桃の節句(上巳)はうっかり書きそびれてしまった!のですが(笑)、この五節句シリーズは歴史を紐解くと本当に面白い発見ばかりですので、今回は気合を入れて徹底解説していきます!
過去の記事をまだ読んでいない方は、ぜひこちらも合わせてお読みください。
「春の七草粥の起源歴史いつから?食べる意味由来を絵本など子供たちに伝えよう【1月7日は人日の節句】」
「こどもの日柏餅など食べ物,菖蒲由来は?端午の節句歴史解説!中野区のイベントや草餅和菓子屋さん紹介」
五節句をおさらいすると、以下の通りです。
1月7日:人日の節句(七草粥)
3月3日:上巳の節句(ひな祭り)
5月5日:端午の節句(こどもの日)
7月7日:笹竹の節句(七夕)
9月9日:重陽の節句(菊の節句)
奇数が重なる日に季節の植物から生命力をいただき、邪気を払うというこの風習。7月7日の主役である「七夕」が、どのようにして現代の形になったのか、その歴史のドラマに迫ってみルトこんな感じ。
現代の七夕は、実は古代中国の2つの風習と、日本古来の信仰が融合して生まれたと考えられています。
中国の「織姫と彦星」の伝説: 天帝の娘で機織りが上手な織女(しょくじょ)と、働き者の牛飼い牽牛(けんぎゅう)が、結婚後に遊んでばかりいたため天の川の両岸に引き離され、年に1度、7月7日の夜だけ会うことを許されたという有名な七夕伝説です。
中国の「乞巧奠(きこうでん)」: 織女にあやかり、機織りや裁縫、手芸などの技達者を7月7日の夜に祈る風習です。これが奈良時代に日本へ伝わりました。
日本古来の「棚機津女(たなばたつめ)」の信仰: 神様を迎えるために、清流のほとりに建てられた小屋で機(はた)を織る乙女の信仰がありました。その際使われた機織り機が「棚機(たなばた)」と呼ばれており、これが「七夕(たなばた)」の読み方の語源になったと言われています。
奈良・平安時代になると、宮中行事として「乞巧奠」が盛んに行われるようになります。
貴族たちは庭園に祭壇を設け、ナスやウリなどの収穫物を供え、梶(かじ)の葉に和歌を書いて願い事をしました。
当時は現代のように笹の葉ではなく、墨のノリが良い梶の葉が使われていたそうです。星を眺めながら詩歌を詠じる、非常に風流な宮廷儀式でした。
室町時代には、習い事の普及に伴い、裁縫だけでなく「書道や詩歌の上達」を願う行事へと変化していきます。
そして江戸時代に入ると、幕府によって「式日(公式な祝祭日)」に定められたことで、一気に庶民の間へと広がります。
この頃から、現代のスタイルである「笹竹」が使われるようになりました。 竹は冬でも青々として真っ直ぐ育ち、生命力が強いことから、神聖な植物として邪気を払う力があると信じられていたためです。
江戸の街では、家々の屋根高くに色とりどりの短冊をつけた笹竹が掲げられ、その景色は浮世絵にも描かれるほど華やかなものだったようです。
七夕の行事食といえば「そうめん」ですが、これにもちゃんとした歴史的由来があります。
古代中国の伝承で、5月5日に亡くなった帝の子が霊鬼(疫病神)となり、これを鎮めるために彼が生前に好んだ「索餅(さくべい)」という小麦粉を練った縄状の菓子を供えたところ、流行り病が収まったという話があります。
この「索餅」が日本に伝わり、時代を経て形状が変化し、室町時代頃には現在の「そうめん」として七夕に食べられるようになったとの説があるそうです。
天の川や、織姫の紡ぐ「機織りの糸」に見立てられることも多く、暑い夏を元気に乗り切るための無病息災の願いが込められています。
さて、ここまで真面目な歴史のお話をしてきましたが、ここで少し、アニメ好きのヒロシとしての小話をひとつ(笑)。
みなさんは「七夕」や「笹の葉」と聞いて、どんな作品を思い浮かべますか? ヒロシの中で七夕といえば、『涼宮ハルヒの憂鬱』!あの名作エピソードが真っ先に頭をよぎります。
っていうか、みなさん、涼宮ハルヒをご存知でしょうか?!
ぶっ飛んでます!今までになかった衝撃的なアニメでした!
本題に戻りますと、原作小説の第3巻『涼宮ハルヒの退屈』に収録されている短編作品。アニメ(2006年版)の第8話としても放送された伝説の回、その名も「笹の葉ラプソディ」です。
物語は7月7日の七夕の夜、ハルヒの思いつきで、みんながそれぞれ願い事を短冊に書くところから始まります。作中では「25年後や16年後に願いが届くように」と大きな笹竹を担いで大騒ぎするのですが、実はこのエピソード、シリーズ全体の時間軸や伏線において、ものすごく重要な起点となるエピソードなんですよね。
江戸時代の庶民が願いを天に届けるために、屋根より高く笹竹を掲げた歴史をお話ししましたが、作中のハルヒたちもまた、時空を超えて願いを届けようとするのです。時代や形は違えど、「笹の葉に託して、遥か遠く(天や未来)へ願いを届けたい」という人間の根本にあるロマンは、1000年前の宮廷貴族も、江戸の町人も、そして現代のアニメの世界でも、なんか、みんな繋がってるって感じですね。
「笹の葉ラプソディ」を観返しながら冷たいそうめんを堪能する七夕の夜……なんていうのも良いですね。
あっ、それとビールを買い込んでおかないとね!
さて、そんなロマン溢れる七夕ですが、ここからは我が地元・中野区で実際に七夕の雰囲気を楽しめる、一押しのローカルイベントをご紹介します!
中野駅の南口エリアで毎年恒例となっている、地域に根ざした本当に素敵な七夕行事があります。それが、中野マルイの裏手にある桃園会館に併設された「桃園稲荷」前の通りで開催される、桃園商店街主催の七夕イベントです。
このイベントの素敵な合言葉が、「ももに願いを」。
期間中は、桃園稲荷の周辺に色鮮やかな七夕飾りが並び、どこか懐かしく温かいお祭りの雰囲気が通りを包み込みます。
SNSや地元でも毎年の楽しみにされている方が多く、買い物帰りや散歩がてらにふらっと立ち寄って、短冊に願いを込める地域住民の姿が多く見られます。「ももに願いを」というフレーズの通り、地域のみんなの願いが桃の節句ならぬ“桃園”の地に集まる、中野南口ならではの初夏の風物詩って感じですかね。
大規模な商業施設のイベントも華やかで良いですが、こうした地元の商店街が手作りで守り続けている伝統行事こそ、私たちが次の世代へ大切に繋いでいきたい地域の宝だと感じます。中野駅南口を訪れた際は、ぜひ桃園稲荷に足を運んで、みなさんも「ももに願いを」託してみてはいかがでしょうか。
五節句など伝統文化を次の世代へ繋ぎましょう。
形を変えながらも数千年?!にわたり受け継がれてきた「笹竹の節句」。その根底にあるのは、「大切な人が健康でありますように」「芸事が上達しますように」という、いつの世も変わらない前向きな願いです。
ぜひご家庭でも、即席の飾り付けだけでなく、本物の笹の葉に短冊を吊るしたり、冷たいそうめんを家族で囲んだりしながら、その由来についてお子様たちとお話ししてみてはいかがでしょうか。
どこにでもある日本の四季の風景が、より深く、感慨深いものに感じられるはず!!
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西武新宿戦沿線、中野区白鷺の田中ヒロシから「【7月7日は七夕】なぜ、そうめん?由来は?五節句、笹竹の節句の歴史解説!中野区イベントやアニメも紹介」でした。
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