2026/5/3
こんにちは、田中ヒロシです。
さぁ、ゴールデンウィーク中盤に突入しました。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
今年は5連休ということもあり、遠出されている方も多いのではないでしょうか。
ゴールデンウィークだけでは遊び足りない方、ぜひ、梅雨になる前に潮干狩りなど家族で楽しんでみてはいかがでしょうか。

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ちょっと脱線してしまいましたが、本日の投稿は、五節句の一つである、5月5日の「端午(たんご)の節句」についてです。
5月5日端午の節句というと、まず頭に浮かぶのは鯉のぼり。
でも、歴史を振り返ると江戸に入ってからのようです。
ってことは、その前がある!
どんな歴史があるのか楽しみですね。
五節句とは以下の通りです。
1月7日は人日の節句
3月3日は上巳の節句(ひな祭り)
5月5日は端午の節句(こどもの日)
7月7日は笹竹の節句(七夕)
9月9日は重陽の節句(菊の節句)
3番目が端午の節句なのですが、現代では「こどもの日」として親しまれていますが、その歴史を紐解くと、時代ごとに役割や主役が劇的に変化してきた興味深い行事であることがわかります。
ぜひ、こちらもお読みください!
春の七草粥の起源歴史いつから?食べる意味由来を絵本など子供たちに伝えよう【1月7日は人日の節句】」
奈良時代の宮廷行事から始まり、武家の時代の精神的な拠り所を経て、庶民の華やかなお祝いへと進化していった端午の節句の歴史を解説します。
端午の節句の起源は、古代中国にあります。端午の「端」は「初め」を意味し、「午」は「午(うま)の日」を指します。つまり、もともとは「5月初めの午の日」に行われる厄除けの行事だったようです。
中国の戦国時代、人望の厚い政治家であり詩人でもあった屈原(くつげん)が、国の行く末を憂いて5月5日に川へ身を投げたという故事があります。人々は彼の霊を供養し、また季節の変わり目(雨季の始まり)に増える病気や災厄を払うため、強い香りで邪気を払うとされる「菖蒲(しょうぶ)」や「蓬(よもぎ)」を用いた儀式を行うようになりました。
日本でこの行事が公式に記録された最古のものは『日本書紀』にあり、推古天皇19年(611年)に宮廷で「薬猟(くすりがり)」という薬草を摘む行事が行われたと記されています
奈良・平安時代の端午の節句は、現在のような「男の子のお祝い」ではなく、宮廷での厄除けの儀式としての側面が強いものでした。
菖蒲を身につけたり、軒に飾ったりして邪気を払いました。また、災厄を追い払うために「騎射(うまゆみ)」という馬から弓を射る儀式も宮廷行事として行われていたようです。
興味深いことに、古来の日本では5月は田植えの時期であり、この時期は女性が身を清めて田の神様を迎える「女の家(おんなのや)」という風習がありました。そのため、端午の節句はもともと「女性が主役の休息日」であったなんて話もあるようです。そういえば5月25日って「主婦休みの日」の一つでしたね。
鎌倉時代に入り武家社会が到来すると、端午の節句の意味合いは大きく変わります。
厄除けに使われていた「菖蒲(しょうぶ)」が、「尚武(しょうぶ=武道・武勇を重んじること)」や「勝負」と言葉が通じることから、武士の間で縁起物として非常に重宝されるようになりました。
この頃から、単なる厄除けから「逞しい武士としての成長を願う行事」へと性質が変化し始めます。菖蒲湯に入る、菖蒲酒を飲むといった風習が民間にも広まったのもこの時期とされています
端午の節句が現在のような男の子の成長を祝う日となったのは江戸時代に入ってからのようです。徳川幕府によって5月5日が「式日(重要な祝祭日)」に定められたことがきっかけでした。
五月人形(内飾り)の誕生
武家では、将軍に男の子が生まれると城中に幟(のぼり)を立て、家の中でも鎧兜を虫干しを兼ねて飾る風習がありました。これが「わが子を守るお守り」としての五月人形の飾りへと進化しました。
鯉のぼり(外飾り)の登場
当時、幟を立てることは武家にしか許されていませんでした。これに対抗した江戸の町人たちが、中国の故事「登竜門」(急流を登りきった鯉が龍になるという伝説)にあやかり、立身出世の願いを込めて「鯉のぼり」を掲げるようになりました。
江戸の中期から後期にかけて、柏の葉が新芽が出るまで落ちないことに由来する「子孫繁栄」の縁起物として、柏餅を食べる習慣も江戸を中心に広がったとされています。
明治時代になると、暦の改訂により節句行事は一度公式には廃止されます。しかし、長年根付いてきた伝統は消えることなく、家族で子供の成長を願う行事として継続されました。
戦後の1948年(昭和23年)、祝日法によって5月5日は「こどもの日」として制定されました。
まぁ、この祝日法については、いろいろと思うところはありますが、その辺はまた別の機会に。
制定の趣旨は「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」と定められており、男の子だけでなく、すべての子供と家族の幸福を祝う日へと昇華されました。
端午の節句は、古くは中国の厄除けに始まり、日本では宮廷儀式、武士の精神的象徴、そして町人の華やかなお祝いへと、その形を変えてきました。
時代によって形は変われど、その根底にあるのは「災いから身を守り、健やかに、逞しく育ってほしい」という、いつの世も変わらぬ親の愛情です。今年の5月5日は、そんな数千年の歴史に思いを馳せながら、菖蒲湯や柏餅、そして立派に泳ぐ鯉のぼりを楽しんでみてはいかがでしょうか。
最後になりますが、中野区の情報をまとめます。
中野区の歴史を伝える「れきみん」では、例年この時期に端午の節句にちなんだ展示が行われています。2026年も、のぼり飾りや武者人形、大きなこいのぼりなどが展示され、節句の歴史や文化を間近に感じることができます。
内 容: ミニ企画展「端午の節句-鯉(こい)のぼりまつり-」
場 所: 中野区立歴史民俗資料館(中野区江古田4-3-4)
詳細URL: 中野区立歴史民俗資料館 公式サイト
「岡埜栄泉」といえば豆大福が有名ですが、季節の生菓子も非常に定評があります。こちらの「草餅」は、よもぎの香りが非常に濃厚で、甘さ控えめの餡とのバランスが絶妙です。
おすすめ: 端午の節句時期の「柏餅」は、お餅が非常に柔らかく上品な味わいです。
場 所: 中野区中野3-36-15
参 照: 中野経済新聞(過去の季節菓子紹介記事より)
参照元は以下の通りです
コチラが田中ヒロシのブログ一覧です。ご一読ください!
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西武新宿戦沿線、中野区白鷺の田中ヒロシから中野区議会、議員へ物申す!「こどもの日柏餅など食べ物,菖蒲由来は?端午の節句歴史解説!中野区のイベントや草餅和菓子屋さん紹介」でした。
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