2026/1/4
こんにちは、田中ヒロシです。
1月7日といえば、七草粥ですね。
いわゆる春の七草を刻んだお粥で、1月7日に食べると健康に過ごせるとされています。無病息災を願い正月の飲食で疲れた胃腸を休ませ、健康を祈る風習として受け継がれてきました。
七草とは何か。

引用元:ウィキペディア
地域によっては違いがあるようですが、一般的には、いかが春の七草です。
芹(せり)
薺(なずな)
御形(ごぎょう)
繁縷(はこべら)
ホトケノザ
菘(すずな)
蘿蔔(すずしろ)
ヒロシの感覚では1月7日🟰七草粥ですが、そもそも、1月7日は五節句の一つめにあたる『人日』と呼ばれる節句なのです。
五節句とは以下の通りです。
1月7日は人日の節句
3月3日は上巳の節句(ひな祭り)
5月5日は端午の節句(こどもの日)
7月7日は笹竹の節句(七夕)
9月9日は重陽の節句(菊の節句)
見ての通り、奇数並びの日が並んでいますが、これは、中国の陰陽思想から生まれた考えで、奇数は『陽』で、生命力を象徴としていたのに対し、偶数は『陰』で、衰退の象徴だったことから、奇数が重なると『陰』となると考えられたからです。
七五三など奇数が縁起が良いとされていたのです。
五節句では、季節の新しい生命力をいただき、邪気を払い、健康を願うための節句だったのです。
ところで、“人の日の節句”ってなんなのか。これは中国の風習が奈良時代に伝わったもののようです。
元日は鶏の日
2日は狗の日
3日は猪の日
4日は羊の日
5日は牛の日
6日は馬の日
7日は人の日
このように1日から6日まで、それぞれの動物を大切にし、7日は人に対する殺生を行わない日とし、人を慈しむ日としたようです。一説によると、8日が穀の日とされていたとかで、その当時は七草粥ではなく、七種粥と呼ばれ、七草ではなく米・粟(あわ)・黍(きび)・稗(ひえ)・みの・胡麻・小豆の七種の穀物で作られてたお粥だったそうです。
日本には古くから「若菜摘み」という習慣がありました。新春に若菜を食べると邪気を払うことができるとされており、長寿をもたらすと言われていたそうです。
「若菜摘み」に関する記録は、『古今集』春・21そして、『百人一首』(15番)、光孝天皇によって詠まれた歌があります。

この「若菜摘み」の習慣ですが、平安時代に発行された「群書類従」の主要公事に記録されている、「子日宴 (上の子の日)」に結びついたと考えられています。
「子日宴」とは、正月に丘に登り四方を望み煩悩を取り除き、その後、内裏にて新年の宮中の祝宴を行うというもので、若菜を煮た汁物を臣下に振る舞う習慣があり、これが七種粥が結びつき、平安〜鎌倉時代に、現代の七草に変化したようです。
つまり七草粥は、1,000年もの歴史があるという事です。長い年月をかけ、七種の穀物の粥や若菜の煮汁など少しづつ融合変化し、季節の野草や薬草を取り入れた、邪気を祓い、無病息災を願うにふさわしい、最も良い組み合わせを現代に伝承したと言えるでしょう。
このような先達が培った伝統文化は、ぜひ学校や地域で大人から子供たちに伝えていきたいところですね。
伝えるということで、絵本と保育の現場の様子を紹介します。
佼成出版さん発行の絵本「おばあちゃんのななくさがゆ」
おばあちゃんから行事の「いわれ」を教わりながら、おいしい七草がゆを作ります。巻末に七草がゆのレシピつき。
引用元:佼成出版

ライクキッズさんが運営する中野区の「にじいろ保育園 江古田の杜」Blogより、「春の七草」子供達が七草粥を作る様子が紹介されています。
最後に中野区内の飲食店で食べられるところがあるかわかりません。ぜひご自宅で!できればレトルト、即席や乾燥ものではなく、素材の七草を八百屋さんで購入し、ご家族で調理していただけたらなと思います。炊飯器で調理する簡単レシピもあるので、1月7日の献立として、試してみてください。
普段の生活では気が付かないような、どこにでもある雑草が、実は七草として大切にされていた歴史があるということを知るだけでも感慨深いものがありますね。
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西武新宿戦沿線、中野区白鷺の田中ヒロシの「春の七草粥の起源歴史いつから?食べる意味由来を絵本など子供たちに伝えよう【1月7日は人日の節句】」でした。
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