2026/5/22
| 小森さだゆき | 参政党 / 高槻市議会議員
幕末から明治という激動の時代、日本の新しい国づくりの裏側には、常に「お金」と「志」を繋ぎ合わせた一人の天才がいました。その名は由利公正。福井藩が生んだこの人物がいなければ、明治政府の船出はもっと困難なものになっていたかもしれません。
由利公正は、越前福井藩の藩士として生まれました。藩の財政再建で頭角を現した彼は、あの坂本龍馬と深い親交があったことでも知られています。
龍馬は、新政府の構想を練る中で「財政を任せられるのは由利しかいない」と断言し、暗殺される直前まで由利と日本の未来について語り合っていたと言われています。由利の持つ経済感覚と実務能力は、理想を追い求める維新志士たちにとって不可欠なものでした。
明治新政府の基本方針である「五箇条の御誓文」の原案(由利草案)を作成したのは由利公正です。
彼の草案には「万機公論に決すべし」という民主的な精神だけでなく、「庶民の志を遂げさせる」といった、当時としては極めて進歩的な民本主義の考えが盛り込まれていました。これは彼が経済の発展には民間の活力が不可欠であることを理解していた証でもあります。
明治元年(1868年)、由利は初代東京府知事に就任しました。現在の東京都知事の先駆けです。
江戸から東京へと変わる大混乱の中、彼は治安の維持や物価の安定に奔走しました。また、火災に強い街を作るために煉瓦造りの建築を推奨するなど、現在の近代都市・東京のグランドデザインを描いた人物の一人でもあります。
| 施策名 | 内容・影響 |
|---|---|
| 太政官札の発行 | 日本初の全国通用紙幣を発行し、新政府の軍費や殖産興業の資金を捻出した。 |
| 商法司の設置 | 貿易を奨励し、近代的な商取引のルールを整備した。 |
| 民撰議院設立建白書 | 岩倉使節団での欧米視察を経て、板垣退助らと共に議会の設立を訴えた。 |
由利公正は、単なる官僚ではありませんでした。数字を読み、未来を構想し、それを形にする情熱を持った実務家でした。今の日本が直面する財政や経済の課題を考える時、彼の「民の志を大切にする」という姿勢から学べることは、今なお多いのではないでしょうか。
| 小森さだゆき | 参政党 / 高槻市議会議員
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