2025/1/5
こんにちは。兵庫県川西市議会議員の長田たくや(ながたく)です。
クイズ!文献上、日本で最初の糖尿病患者は誰でしょうか!?
答えは、あの「この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることのなしと思へば」で有名な、すべてを手にした男、藤原道長さんでした。しばしば口の渇きを訴え、昼夜なく水をほしがり、脱力感にもおそわれ、目が見えなくなり、免疫低下で傷がすぐに化膿したそうです。それも贅沢と運動不足、権力抗争からのストレスと言われているようです。
現在の生活習慣からやってくる糖尿病は、平安貴族レベルということですね^^;
そんな糖尿病の薬、インスリン製剤の歴史は古く、調べるとなかなかおもしろかったのでまとめました。
※インスリンおもしろシリーズ
①世紀の大発見(本記事)
②超スピード型への挑戦
③なが~く効くために
糖尿病自体はかなり古くから記録があり、紀元前1500年頃のエジプトで「極度の多尿」の記述が見つかっています。さらに紀元2世紀ごろ、トルコ・カッパドキアの医師アレテウスが症状を記録。この頃、「流れ出る」を意味する diabete(ダイアベイト)という語が使われていたそうです。

■ インスリンの歴史は約100年
1898年、犬の膵(すい)臓を摘出すると糖尿病になることが示され、膵臓由来の物質が怪しいと判明。1921年、カナダのチャールズ・ベストが犬の膵臓から抽出した物質で血糖を下げることを確認。これがインスリンの発見でした。
■ 初めてのヒトへの治療
発見から1年後の1922年、牛の膵臓抽出物を1型糖尿病(先天性)の14歳の少年(トンプソン君)に投与して効果を確認。これがインスリン治療の幕開けです。それ以前は「飢餓療法」と呼ばれる厳しい食事制限(脂質多め)しかなく、痩せ細ってしまうケースが多数。1型糖尿病となったらどうしようもなかったのが現実。インスリンはまさに福音でした。
以下、インスリンの製造競争の歴史です。ぜひ年代をみてください。猛スピードなのがわかります。
■ 多数の犠牲により作られていた
実験は成功しても、大量生産するには製薬会社の協力が不可欠でした。
1923年、イーライリリー社(アメリカ)は、アイレチン®(世界初のインスリン製剤)を販売。
同年、ノルディスク社(後にノボ社と合併)というデンマークの会社からインスリンレオ®
ヘキスト社(現在のサノフィ社:仏)からインスリンヘキスト®が発売。
今後、これらの会社が現代でもシノギを削ることになります。なお、結晶インスリン100gの精製にウシ・ブタの膵臓が約1トン必要。患者1人の1年分にブタ約70頭が必要という、今では考えられない規模でした。
■ 日本では?
日本でも1923年にアイレチン®の使用記録があります。とはいえ動物資源を要するため非常に高価でした。1934年にはウシ・ブタから工業的抽出が可能となりましたが、1939年からの大東亜戦争で食料・原料の輸入が難しくなります。そこでなんと、お魚から抽出する技術が生まれましたのです。追い込まれると発揮される日本人の底力…

リリー社に世界初のインスリンは奪われましたが、1924年には専用の注射器(インスリンノボ®)を世界で初めて発売し、翌年にはさらに進化した(ノボシリンジ®)そして1985年に現在の自己注射で使っているペンタイプ(ノボペン®)が開発されました。

ノボ社はデバイスにおいて非常に強い会社となりました。はじめは針が激太で、かなり痛みがあったようです。現在では、針もさらに進化して、痛みがかなり軽減されています。
リリーが世界初製剤を先行した一方、ノルディスクは専用注射器を初めて発売。
1985年のデバイスは画期的であり、インスリンユーザーの利便性をかなり向上させました。デバイス革新でノボは頭一つ抜けました。昔は針が太く痛みも強かったのですが、今は細径化でかなり軽減されています。
■ 歓喜と問題
新たな発見に喜んでいましたが、問題が2つありました。
①分解が速く、効果がすぐ切れる
②不純物によるアレルギー
不純物を除けば除くほど、効果時間が短くなってしまいました。そこで分解されにくい製剤が求められたのです。
■ 効果時間延長の挑戦
1936年、ハーゲドン博士が魚からプロタミン(pH7付近で安定)を抽出。インスリンと混ぜると安定性が増すことを発見。これはインスリン製剤開発史上で最大の発見と言われています。さらに亜鉛による結晶化で安定性が増しました。1946年、ノルディスクが イソフェンインスリンNPH を発売。
NPH=Neutral Protamine Hagedorn のちの「ノボリンN注®」です。
余談ですが、普通のインスリンはノボリンR®、プロタミン添加はノボリンN®。最近ではあまり使われませんが、昔の薬剤師ならば1度は取り間違いをしたことあるよね。
1956年には持続型のレンテシリーズ(亜鉛タイプ)が登場。しばらくは効果延長を求めた開発競争が始まります。
牛や豚の抽出物からいくら不純物を除いてもアレルギー問題は残りました。1979年、デバイス技術で後れを取っていたリリーが、ヒトインスリンの生成に世界で初めて成功します。当初は、豚インスリンのアミノ酸を1か所だけ置き換えることで作られました。
なんとブタとヒトのインスリンは、1つのアミノ酸が異なるだけなのです。

しかし、あまりに動物を大量に使うこともあり、1982年には大腸菌でヒトインスリンを作り ヒューマリン® を発売。ノボは別の方法でヒトインスリンをつくり、1985年にペン型注射器に充填した ノボペン® で提供。

ヒューマリンはバイアル製剤のため病院での使用が中心でした。一方、自宅でも使用できるペン型はノボの独壇場で、ヒューマリンのペン化は2000年以降とかなり出遅れました。いずれも今も現役の薬です。
■ もうちょっと早く効かへんかな
便利なものは使っているとさらに便利なものが欲しくなりますよね。
ヒトインスリンの誕生でアレルギーは抑えられたが、効き始めが遅い課題が残りました。ヒトインスリンは6量体で存在し、皮下で単量体になるまでのタイムラグがあったのです。そこで「もっと速く効く」方向へと開発の焦点がシフトしていきます。
さて、このヒトインスリンは画期的ではありましたが、もっと早く効果が出ないか?と開発方針が変わっていきます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
素敵な1日でありますように。
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