2023/8/2
浜田聡参議院議員私設秘書森山英樹です。
このブログでは憲法審査会の議事録を読んだ感想等を書いています。
今回は、第211回国会 衆議院 憲法審査会 第11号 令和5年5月18日の議事録を読んだ感想です。
国会、特に衆議院では憲法に関する議論が進んでおり、このまま行けば憲法改正の発議も夢ではないのではないか、という勢いです。
議論の主テーマになっているのは「緊急事態における議員任期延長」です。これを可能にするために憲法改正をしよう、というのが憲法審査会での多数派になっています。一方、参議院の緊急集会で対応可能だという意見もあります。主に立憲民主党が唱えています。
では、専門家である憲法学者を参考人として招いて話を聞こう、と言うことになりました。その憲法学者が登場したのが今回である、と言うのが私の理解です。
ここまでの憲法審査会は、「憲法改正はしたくない!」と立憲民主党がダダをこねているのを、他の会派(政党)の議員さんが忍耐強く、理屈で諭してここまで進めてきた、というのが私の印象です。憲法改正の議員(委員)さんたちの主張は、合理的で説得力がありました。
ところが、今回登場した2人の憲法学者さんの主張は、立憲民主党に寄り添うものでした。
一読した感想は「さすが専門家だ。なるほど説得力がある。ピンチ!憲法改正派の大ピンチ!」でした。
憲法改正派の意見は次のようなものでした。
「昨年二月に本審査会に参考人としてお越しをいただいた高橋和之先生、東大名誉教授も、憲法の条文で人権に関する規定は原理の性格を持つのが常識であり、統治機構の規定はルールの性格を持つのが通常であると解されますと述べておられます。そして、原理は、ルールのような明確な要件を定めたものではなく、他の原理との調整を前提とした規定であるが、一方、ルールは、他の原理との調整を予定していない明確な準則であって、厳格に解釈すべきと述べておられます。
であれば、まさに統治機構の規定の一つである緊急集会を定めた憲法五十四条も、ルールとして厳格に解釈、適用すべき条文の一つであると思います。緊急集会は、原則、条文上、解散時のみに適用と書いている以上、解散時のみに厳格適用すべきと考えるのが適切だと思います。
また、解散から四十日以内に総選挙、そして選挙から三十日以内に特別会の開会が憲法に規定されている以上、緊急集会は七十日を超えて国の重要事項を決定することはできないと解すべきだし、さらに、事後的に衆議院の同意が得られなければ措置の効力が失われる暫定性も憲法上明記されている以上、緊急集会はあくまで一時的、暫定的な仕組みであると厳格に解釈すべきだと考えます。
第211回国会 衆議院 憲法審査会 第10号 令和5年5月11日玉木雄一郎議員」
これに対して今回招聘された参考人の意見は、次のようなものでした。
「解散による場合と任期満了後の総選挙実施不能という場合との間には、ある限定された期間における衆議院の不在という意味で類似性を持つわけです。その期間における参議院の役割を同じように維持するということには十分な合理性が見出されると思いますので、総選挙実施の不能による場合について、衆議院が解散されたときの類推解釈として参議院の緊急集会を求めるということは、憲法上可能なのではないかというふうに考えます。
第211回国会 衆議院 憲法審査会 第11号 令和5年5月18日 大石眞参考人」
「内閣の独断専行を避け、可能な限り憲法の定める制度を活用して権力の抑制均衡を確保する、そのためには、衆議院議員の任期満了による総選挙の場合にも、憲法五十四条の規定を類推をいたしまして、内閣は緊急集会を求めることができると考えることが適切だと思われます。
第211回国会 衆議院 憲法審査会 第11号 令和5年5月18日 長谷部恭男参考人」
専門家といえども意見は様々です。統治機構に関するルールは厳格に解釈すべき、つまり、書かれている通りに判断しなさい、という意見がある一方、今回の参考人は、類推解釈できる、と主張しています。真っ向から意見が対立しています。
参議院の緊急集会が開催できる期間に関しましても、厳格に解釈して70日に限定すべきと改憲派が主張しているのに対して、今回の参考人の先生は反対の意見を述べました。
「そもそも、憲法五十四条が四十日そして三十日と日数を限っているのはなぜかと申しますと、解散後も何かと理由を構えていつまでも総選挙を実施しない、あるいは総選挙の後いつまでも国会を召集しないなど、現在の民意を反映していない従前の政府がそのまま政権の座に居座り続けることのないようにとの考慮からであります。同様の規定は各国の憲法にも見られます。
緊急集会の継続期間が限定されているかのように見えるのは、その間接的、派生的な効果にすぎません。にもかかわらず、結果として緊急集会の継続期間が限定されているかのように見えることを根拠といたしまして、従前の衆議院議員の任期を延長する、そしてさらに、従前の政権の居座りを認めるというのは、まさに本末転倒の議論ではないかとの疑いもあり得ます。条文のそもそもの趣旨、目的は何なのか、何が本来の目的で、何がその手段にすぎないのか、その論点を踏まえた解釈が求められているように思われます。
第211回国会 衆議院 憲法審査会 第11号 令和5年5月18日 長谷部恭男参考人」
憲法改正派は、参議院の緊急集会は期間が限定されているから、その期間を超える場合は、緊急事態条項を新設して対応しよう、という主張です。
しかし、参考人は「間接的に書いてあるからと言って緊急集会の継続期間を限定するのは間違いだ」と主張しているのです。参考人が主張する「憲法五十四条が四十日そして三十日と日数を限っている理由」を読むとなるほど、と思います。
引用しませんが立憲民主党の委員が勢いづいた様子が行間から伝わってきました。
参考人の冒頭の演説を聞いて私は「改憲派ピンチ!」と思いました。
国会議員の先生がどれだけ誠実に憲法について調べ、憲法改正の要否について慎重な判断を積み上げてきたとしても、こと憲法に関しては、四六時中憲法のことばかりを考えている憲法学者には敵わないのではないかとも思いました。
「改憲派国会議員vs憲法学者」という対立構造を作るよりも、例えば今回の場合は「緊急集会厳格解釈派憲法学者vs緊急集会柔軟解釈派憲法学者」の議論を聞いて、合理的と思える議論を採用するのが良いのではないでしょうか。そんなことを考えました。
しかし、改憲派国会議員の先生方を見くびっていました。
質疑応答で改憲派の先生たちの反撃が始まります。
「日本国憲法において、そうした非常時の規定というのは、今規定されていると言えるのでしょうか。
第211回国会 衆議院 憲法審査会 第11号 令和5年5月18日 自由民主党新藤義孝議員」
憲法改正に消極的に見える参考人に対して、「日本国憲法は平時のことしか書いてないけど、有事のことを書いておかなくて良いのですか?」と質問しているのです。つまり、憲法改正は必要ですよね、と。
これに対して参考人は、有事に関する規定がないことを認めた上で次のように回答しています。
「いわば国家緊急事態というものを、条文化するかは別として、議論がなさ過ぎることは確かなんです。
第211回国会 衆議院 憲法審査会 第11号 令和5年5月18日 大石眞参考人」
「条文化するかは別として」という発言に、憲法改正という流れにもっていきたくない意図を感じます。
日本維新の会の小野泰輔議員からは次の指摘がありました。
「四十日プラス三十日というものが、なぜ期間が限られているのかといえば、民主的な元々の根拠を失っているような政権がそのまま居座っていていいのか、それをなるべく日限を、期限を区切るというようなことのために定めているんだと、そして、そのことが根拠となって参議院の緊急集会の期間が七十日以内と限定されるというのはおかしいだろうというようなことなんですけれども。
ただ、思うのは、その七十日を、そうやって限定しているからといって、では参議院の緊急集会もそれをずっと続けていいのかというと、それは同じことが言えるというふうに思うんですね。
第211回国会 衆議院 憲法審査会 第11号 令和5年5月18日 日本維新の会小野泰輔議員」
これに対する参考人の回答は、次のようなものでした。
「平時であれば、つまり国家の存立に関わらないような事態でございましたら、これは、四十日、三十日、必ず守らなくてはいけないと私は考えます。しかし、国家の存立がかかっているような事態で果たしてこの数字にそれほどこだわるべきなのか、そこはやはり考え直さなくてはいけないところがあるのではないかと私は考えております。
第211回国会 衆議院 憲法審査会 第11号 令和5年5月18日 長谷部恭男参考人」
この意見に対して更に玉木さんが反論します。
「例えばさっきの四十日、三十日も幅が出てくるというお話だったと思うんですが、私はこれは逆に駄目だと思っていて、つまり、過去の歴史を考えると、緊急時になったときほどやはり正気を失いがちになる、あらゆる明文上規定されていることも自由に解釈して、まさに時の権力にそれが左右されてしまうということがあるので、事前に明確に緊急事務を前提としたものを明文で規定しておくことが立憲主義には適切ではないか。
第211回国会 衆議院 憲法審査会 第10号 令和5年5月11日玉木雄一郎議員」
この議論は圧倒的に改憲派の議員の先生方に軍配が上がるのではないでしょうか。いや~、おみそれいたしました。素晴らしい!
私は法学部を卒業しており、まあ、できの悪い学生でしたので、教授たちがいっていることが理解できなかったのですが、今回の憲法学の教授たちの発言を読んでいても、何を言っているのか分からない部分が多々ありました。
「今先生がおっしゃったように、単なる任期延長とか、あるいはそういう話ではなくて、トータルに、いろいろな問題が起きたときにどうするかという点がポイントなわけですから、重大事態が起こったときにどうするか。
そのときに、ただ一点、議員任期の延長とか、ただ一点、何か投票所をどうするとかという、多分その問題にとどまらない事態になり得るんだと思うんですね。そのような、いわばある意味で総合的な緊急事態が起こったときにどうするかというのは、細部までは見渡すことはできないにしても、現在の法秩序体系を乱さないようにしてできるだけの手当てをしたいということであれば、一つの方策として、いろいろなやり方を考えるというのは、それはそれで合理的なのではないかと思います。
一つのことを取れば全部権限の濫用につながるとかというのではなくて、総合的に、どう進めればうまく国政の円滑な運用をできるだけ図れるかという視点がやはり基本だと思いますので、そこに立った総合的な検討というものがどうしても必要なのではないかというふうに思っております。
第211回国会 衆議院 憲法審査会 第11号 令和5年5月18日 大石眞参考人」
気になったところを太字にしてみましたが、話が抽象的過ぎて、何を言っているのかワケがわかりません。言質を取られないようにしているのではないか、とすら疑ってしまいます。
ご本人も行きすぎと思ったようで、
「ちょっと抽象的な話になりましたが、これで私の話を終わります。
第211回国会 衆議院 憲法審査会 第11号 令和5年5月18日 大石眞参考人」
と仰っていました。私の頭では、ちょっとどころではない、と解釈しました。
話が変わりますが、私の息子が今高校3年生で大学受験を控えています。志望校を選択するのにあたって現地に見学に行く機会があります。オープンキャンパスと言います。昨今は、受験制度が非常に複雑化しており、親が同伴でオープンキャンパスに行くことが珍しくありません。私は、自由業のような身なので、息子の大学見学には率先して同行しています。
息子は理系への進学を希望しているので、様々な大学の物理学科などの研究室を数多く拝見させていただきました。
そして、つくづく感じます。世の中の発展を推し進めてきたのは、理系の学問ではないか、と。
法学部を卒業して私になにか出来る技術が身についたでしょうか。在学中に宅建をとりましたが、独学で勉強しました。
国際法とはなんぞや、という点に関しては大学で勉強しなければ分からなかったと思いますが、他の法律は自分で本を読むしかないのではないか、と思います。
憲法学は、虚業ではないか、今の私はそう強く感じています。
実際、日本国憲法が施行されてから76年間、1文字たりとも変わっていないのです。
憲法を学んで日本の平和と発展に貢献したのでしょうか。
日本国憲法を守るため、憲法改正を阻止するために、日本の憲法学は多大な貢献をしてきた、という意見もあるかもしれません。
でも、変えない、という選択は国民投票によって主権者である国民が判断すれば良いのではないでしょうか。
何かを学び、研究するのであれば、如何により良くなるか、そのことを目的にすべきではないでしょうか。
憲法審査会の議論を議事録で読んでいると非常に面白いです。一つ一つ、丁寧に議論を重ね、意見を集約していっている国会議員の先生がたには頭が下がります。国会議員を見る目が少し変わりました。
しかし、一方で、このペースで物事を決めていたら、世界の変化にはついていけないだろうな、とも感じます。
まあ、76年変わってこなかったといっても、憲法改正に関する議論が国会で行われるようになったのは極最近のことですし、国の最高法規である憲法に関する議論ですから、時間をかけるのは民主主義的には良いことなのだと思います。
決断力と実行力に優れた明治の政治家ですら、大日本帝国憲法の制定には7年の年月をかけています。
仕方ないのでしょうね。
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モリヤマ ヒデキ/歳/男
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