2022/6/14
江戸川区「松島」の地名の由来(金井たかしの「江戸川区情報」)
江戸川区の地名で「松島」という地名がありますが、今回はこの「松島」の地名の由来について調べてみました。
茂呂修一編(江戸川区郷土資料室)『江戸川地名の変遷とその集解』(昭和44年)の「八、明治以降の管轄の変更と町村名について」において、昭和49年9月以降、住居表示が実施されて新しい町名が生まれたとされ、その中に「松島」という町名が生まれたことが記載されています。ただ、この文献では「松島」の名称の由来までは触れられていません。
この「松島」の地名の由来についてインターネットで検索してみると、江戸川区の公式サイトなどではないのですが、「ケアフリーえどがわ 地域包括ケアねっと」の中の「地名の由来や特徴」というページで「~松島の由来や特徴~当初区では「北松江」を押していたが、住民の反対の声も聞かれ旧称の「西小松川村字堂ヶ島」から「松島」を拾い出して命名した。」と記載されています。すなわち、村名の「西小『松』川」と字名の「堂ヶ『島』」から「松島」という地名が作られたということです。すなわち、二つの地名が合成されたものということになります。
他のブログで「小松川」の地名の由来を確認していて(「江戸川区『小松川』の地名の由来」)、「小松川」の地名の2種類の由来があることを記載していますので、今回は、堂ヶ島という字名の由来を探してみることにします。
「堂ヶ島」については『江戸川区史 通史編(第1巻)』で、『新編武蔵風土記稿』(1804年から1829年に編まれたもの)において、「堂(道)ヶ島」(「堂ヶ島」または「道ヶ島」)として記載されている小名(小字)として説明され、また、明治22年前後の字名としては「堂ヶ島」となっていることが記載されています。
この「堂(道)ヶ島」の地名の由来については、江戸川区の公式なサイトなどでの説明がないものですが、個人の作成しているサイトで説明が記載されています。「晴れた日は歩いて行こう、どこまでも」では、以下のような記載があります。
「新編武蔵風土記稿には西小松川村の項に『道祖神 村民持ち』と記述がある。地名である『道ヶ島』は、この『道祖神(道祖が島)』が変化した地名と言われている。」とされ、「道祖神(道祖が島)」から「道ヶ島」になり、「道ヶ島」から「堂ヶ島」へと変化していったこととされています。
この点、個人のサイトで「猫の足あと」(東京都寺社案内)では、新小岩香取神社(創建年代は不詳ですが、旧小松川村の鎮守であり、元和3年(1617年)に再建されたことはわかっています)の縁起についての江戸川区教育委員会掲示では、「旧西小松川村の鎮守である。昔この辺一帯が芦原で船が自由に往来できた頃、その中に浮かぶ道ヶ島という小高い島に、下総の香取大神宮より経津主命の分霊を祀ったのが、香取神社勧請の由緒といわれる」と書かれていることが紹介され、そして、香取神社の境内社としての道祖神については、香取神社の掲示では「当神社の道祖神は『猿田彦の命』をお祀りしてあります。この村が創立した頃より、昭和35年頃迄現在の松島2丁目10番の地に鎮座されて居りましたが、土地整理の為当社の境内に移転になりました。」と紹介されています。

このような資料から、地名である「堂ヶ島」は、元は「道ヶ島」で、この「道ヶ島」は「道祖神(道祖が島)」から変化した地名と考えられます。
このように見てくると「松島」の地名は、「西小松川村字堂ヶ島」から「松島」とされたもの、すなわち、村名の「西小『松』川」と字名の「堂ヶ『島』」から「松島」という地名が作られたということですが、堂ヶ島の地名の由来を考えると、背景的な歴史が長い地名ということになるようです。(筆者金井たかしのプロフィール)
「金井たかし 江戸川区の政策研究(金井たかし公式HP)」 (東京都江戸川区)
弁護士 金井高志(金井たかし)
(江戸川区在住 弁護士 武蔵野大学[江東区]法学部・大学院教授)
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