2026/7/22
安全保障環境が急激に緊迫化する現在、我が国の防衛体制をどう維持・強化するかは極めて切実な議論です。特に、中国やロシア、北朝鮮の海軍力・ミサイル能力の向上に対し、従来のディーゼル・バッテリー推進の通常型潜水艦(ミサイル発射後の離脱速度や連続潜航能力の限界)だけでは対応しきれない場面が想定されます。結論から言えば、現在の脅威に対抗できる効果的な「代替案」が存在しない以上、安全保障上の観点から我が国が原子力潜水艦(原潜)を保持・検討する必要性はきわめて高いと考えます。
しかし、単に「保持すべきだ」と主張するだけでは防衛は成り立ちません。「現実に本当に保持できるのか?」という問いに対しては、法制度や国際関係の膨大なハードルを一つひとつ紐解き、具体的かつ現実的なロードマップを示せなければ、ただの「絵に描いたもち」になってしまいます。
今回は、原潜保持に向けた4つの現実的課題と、その克服に向けた論点を整理します。
最大の国内法的な壁は「原子力基本法」です。この法律は日本の「原子力の憲法」とも呼ばれ、第1条・第2条において利用目的を「平和の目的に限り」と限定しています。一般解釈として、兵器・軍事利用(兵器としての原潜を含む)は想定されていません。
これをクリアするには、以下のいずれかの法改正・解釈変更が必要です。
解釈の変更: 原潜の動力炉利用も「国の安全保障(平和維持)目的の利用」に含まれるという法解釈を成り立たせる。
条文の改正: 第2条の規定に「自衛のための原子力潜水艦等の利用を除く(外す)」といった除外規定・特例を明記する。
いずれの手続きにしても、国会および国民的議論において最も大きな焦点(世論の分かれ目)となることは間違いありません。
原潜用の小型原子炉を入手・運用する方法は2つしかありません。
国外(米英仏等)からの調達:
豪州の「AUKUS(オーカス)」のように、米英から技術移転や中古艦の譲渡を受ける枠組みを一から構築する必要があります。しかし、これには外交交渉や機密保持を含め、膨大な時間と交渉コストがかかります。
自国での独自開発:
日本には現在、原潜に搭載できるレベルの高性能超小型炉の技術がありません。開発するとなれば、部品単位の実験炉から段階的に大きな試験炉へとステップを踏む必要があり、実用化までに数十年単位の時間と莫大な開発費用を要します。
原子炉を建造・運用する場合、事前審査と事後検査を行う監督機関が必要です。
現在の「原子力規制委員会」が軍事機密の極みである防衛装備(原潜)を審査できるのか?という論点があります。
過去に原子力船「むつ」を運輸省(当時)が管轄した例や、防衛秘密を保護する観点から「防衛省」自体に審査・検査機能を持たせるといった新たな規制法体系(原子炉等規制法に代わる法整備)の構築が必要となります。
日本は国際原子力機関(IAEA)と包括的保障措置協定を結んでおり、ウランやプルトニウムの厳格な査察・管理を受けています。
軍事機密と査察の衝突: IAEAの査察を受け入れる必要がありますが、原潜内部(軍事機密)をどこまで査察官に見せられるかという問題が生じます。
AUKUSの先行事例: 非核保有国である豪州も同様の議論を行いました。高濃縮ウラン燃料を「封印された状態で米英から受け取り、使用後は送り返す(途中で取り出したり加工したりしない)」という整理により、IAEA側の納得を得るアプローチをとっています。日本が導入する場合も、同様の国際合意形成が必要不可欠です。
「原子力潜水艦を持つべきだ」と語ることは容易ですが、実際にそれを実現するためには、国内法の整備、技術の調達、防衛・規制体制の再編、そしてIAEAをはじめとする国際社会への説明と、極めて大きな労力と時間がかかります。
しかし、「大変だから無理だ」と諦めるのではなく、これらのハードルをどう一つずつ乗り越えていくか具体的に議論することこそが、現実的な安全保障を担う責任ある政治の姿です。
日本を取り巻く安全保障環境がますます厳しさを増す中、感情論や理想論にとどまらず、法的・技術的・国際的なリアリティを踏まえた上で、真に必要な防衛力のあり方を引き続き愚直に追求してまいります。
原子力委員会に所属している立場から記事に致しました。
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