2026/8/3
新しい週の始まりですが、夏休み、そして函館は港まつり、少しいつもとは違った雰囲気です。
1)マムダニ市長と日本
昨日、学生時代の友人とやり取りをする中で、ニューヨークのマムダニ市長の話になりました。
ゾーラン・マムダニ(Zohran Mamdani)氏は、今年1月に就任した第112代ニューヨーク市長です。34歳で100年以上ぶりの最年少市長となり、ニューヨーク市初のイスラム教徒市長であるとともに、初のアジア系市長でもあります。就任前はニューヨーク州議会議員を務めました。民主社会主義(Democratic Socialism)を掲げ、家賃負担の軽減、子育て支援、公共交通の充実、富裕層への課税強化など、「暮らしやすい(Affordable)ニューヨーク」の実現を主要な公約として当選しました。
私は、日本においても、マムダニが掲げるような政策には検討に値する点があると考えています。その理由は、日本社会が抱える課題が、ニューヨークと共通する側面を持ち始めているからです。
日本では近年、国民の所得の状況が「K字型」に分かれています。
資産を持つ人や一部の企業は株価や資産価格の上昇によって豊かになる一方、賃金が十分に伸びない人、若者、子育て世帯、高齢者、地方では生活が厳しさを増しています。
その結果、
*住宅費の負担が重い
*子育てにお金がかかる
*教育費が将来不安を生む
*非正規雇用が固定化する
*地方では公共交通や医療が縮小する
など、「普通に働いても安心して暮らせない」という不安が広がっています。
これは、ニューヨークの状況と重なる部分があります。
だからこそ、日本でも、マムダニが掲げたような「暮らしを支える政策」を強化する必要があります。
例えば、
*子育て・教育への公的投資
*住宅政策の充実
*医療・介護への支援
*公共交通の維持
*最低賃金の引上げ
*富裕層や巨大企業にも応分の負担を求める税制
などは、市場だけでは解決できない課題に政治が責任を果たすための政策です。あと1次産業の底支えも重要です。
ただし、日本が目指すべきなのは、生産手段を国有化したり、市場経済そのものを否定したりする社会では、もちろんありません。
むしろ、市場経済の活力を生かしながら、格差の固定化を防ぎ、誰もが挑戦できる社会を実現することです。
そのために最も重要なのが教育です。
私は昨日の日記で、「読み書きソロバン」は自ら学び続ける力の基礎であり、その基礎をすべての子どもたちが身につけられる社会をつくることが政治の責任だと書きました。教育は、家庭の経済力や生まれ育った環境によって人生の可能性が左右されない社会を実現するための、最も重要な公共投資です。
マムダニ現象が示した最も重要な教訓は、人々は「社会主義」というイデオロギーに投票したのではなく、自分たちの暮らしを守り、未来への希望を取り戻せる政治を求めたということです。
日本でも、経済成長だけを語るのではなく、国民一人ひとりが安心して暮らし、挑戦できる社会をどう築くかを政治の中心に据える必要があります。
私は、この点において今回の高市政権の「骨太の方針」に大きな危惧を感じています。370兆円規模の官民投資によってGDPを拡大するなどの成長戦略は重要です。しかし、その成長が国民一人ひとりの暮らしの安心や希望にどう結びつくのか、教育、子育て、医療、介護、住宅といった生活の基盤をどう支えるのかという視点が、十分には示されていないように思います。
経済成長は手段であって、目的ではありません。政治の目的は、国民の暮らしを守り、一人ひとりが希望を持って挑戦できる社会をつくることです。そのためには、教育への投資も欠かせません。家庭の経済状況によって子どもの可能性が左右される社会ではなく、誰もが学び、自らの力で未来を切り開くことができる社会を実現することが、政治の重要な責任です。
加えて、日本では生活が苦しくなっても、不満を声高に訴えるより、耐え忍び、自分で何とかしようとする人が少なくありません。それは日本社会の美徳の一つでもあります。しかし、その忍耐に政治が甘えてしまってはなりません。
さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年8月3日 その6916『逢坂誠二の徒然日記』8613回】
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