2026/8/2
熊本地震の発生から5日が経過しました。
今なお9千人を超える方々が避難生活を送り、多くの地域で断水が続いています。猛暑の中での避難生活は、心身ともに大きな負担となっています。救助・復旧・支援に全力を尽くしておられる皆さまに心から敬意を表するとともに、被災された皆さまにお見舞いを申し上げます。
一日も早くライフラインが復旧し、安心して日常生活を取り戻せるよう、そして被災地の復旧・復興が着実に進むことを心から願っています。
1)読み書きソロバン再考
昨年の4月、「読み書きソロバン」という題で徒然日記を書きました。
https://note.com/ohsakaseiji/n/n845dc17b98b0?sub_rt=share_pw
子どもの頃、両親から繰り返し聞かされた「読み書きソロバンさえ身につければ何とかなる」という言葉の意味を振り返りながら、教育において最も大切なのは、読むこと、書くこと、話すこと、そして計算することという学びの土台ではないか、ということを書きました。
また、学校現場では、基礎が十分に身についていない子どもであっても、学習指導要領に従って次々と新しい内容を教えなければならない現実があり、先生方もそのことに苦しんでいるという話も紹介しました。
あれから一年がたちました。
この一年の間にも、生成AIは驚くほどの速さで社会に浸透し、教育を取り巻く環境も大きく変わりました。学習指導要領の改訂に向けた議論も続いています。
そうした変化を見ながら、私は「読み書きソロバン」の意味を、以前にも増して強く感じるようになっています。
私は、「読み書きソロバン」とは、自ら学び続ける力の基礎だと考えています。
読むこと、書くこと、話すこと、計算すること。こうした基礎が身についていれば、人は自分で本を読み、情報を集め、考え、判断し、新しいことを学び続けることができます。学校を卒業した後も、自ら学び、自ら成長し続けることができます。
逆に、その基礎が十分に身についていなければ、自律的に学ぶことは容易ではありません。誰かに教えてもらわなければ学べない状態では、新しい知識や技術が次々と生まれる社会の変化に対応することは難しくなります。
だから私は、「読み書きソロバン」に象徴される「自ら学び続ける力の基礎」は、少なくとも小学校5年生くらいまでに、すべての子どもたちが確実に身につけられるようにすべきだと考えています。
その理由は、小学校高学年になると学習内容が一段と抽象的になり、教科ごとの学びも深まっていくからです。基礎が十分に身についていないまま先へ進めば、学年が上がるほど理解が難しくなり、学ぶことへの苦手意識やあきらめにつながりかねません。
そのためには、「学年ごとに決められた内容を教え終えること」を優先するのではなく、一人ひとりの習熟度に応じて、必要であれば立ち止まり、繰り返し学び直せる教育が必要です。
学年という枠組みは大切ですが、それ以上に大切なのは、子どもたちが学びの土台を確実に築くことです。その土台があって初めて、生涯にわたって自ら学び続ける力が育まれるのです。
生成AIが急速に普及する時代だからこそ、知識を身につけること以上に、「学び方を身につけること」の重要性はますます高まっています。私は、「読み書きソロバン」という言葉は、AI時代においても色あせることのない教育の原点だと考えています。
さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年8月2日 その6915『逢坂誠二の徒然日記』8612回】
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#函館
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