
この選挙の複雑さは、馳浩氏の活動を見てもよく伝わってきた。そして周りを固める人たちもかなりヒートアップしていることもわかった。告示日に行なわれた馳氏の出陣式では、馳浩候補本人よりも長い時間演説してしまう応援弁士がいたからだ。
先に述べたように、馳氏の出陣式には日本維新の会の藤田文武幹事長、公明党県本部代表の増江啓石川県議、加賀市の宮元陸市長が出席した。
最初にマイクを握ったのは、選対本部長の佐々木紀衆議院議員だ。
「馳候補は政策力、決断力、実行力、発信力、どれをとっても誰にも負けないものがございます。なによりも国との太くて強いパイプがございます!」
佐々木議員は、菅義偉前首相、林芳正外相、高市早苗政調会長、河野太郎広報本部長など、馳氏を応援する政治家の名前をどんどん並べていく。出陣式の会場では、安倍晋三元首相や小泉進次郎衆議院議員などがやってくる演説会の案内も配られていた。佐々木議員の話に、より一層熱がこもる。
「これだけ多くの皆様が、手弁当で、自ら馳候補の応援に行きたいと言っていただいているわけでございます。まあ、一部、東京からの圧力だと揶揄する方もいますけれども、私は、これまで10年足らずの国会議員生活の中で、議員の仲間一人、ネットワークをつくれなかったかを恥じるべきであり、批判するには当たらないと思っております!」
激しい。具体的な名前は挙げないが、明らかに対立候補のことを指していた。
続いて挨拶をしたのは馳浩連合後援会長で、元日本医師会常任理事の小森貴氏だ。式次第には小森氏の挨拶時間は(3分)と書かれていたが、小森氏は予定の2倍以上の6分20秒も熱弁を振るった。ちなみに馳候補本人の決意表明は(10分)と書かれていたが、実際の演説時間は5分50秒。後援会長の演説は候補者よりも長かった。
「馳候補は27年間の国会議員の生活におきまして、実に37本もの議員立法を成立させました。これは憲政史上最多であります! 議員立法は自由民主党、公明党、日本維新、さらには政府与党、そして数多くの野党の方々、信頼関係、そして政府関係者の熱い思いが一つにまとまってはじめて成立するものであります!」
小森氏も対立候補を強く意識した演説をする。
「この石川県。漁業、林業、農業、ここに詳しいだけでは仕事にならないのであります!」
会場に集まった人たちの頭には、明らかに元農水官僚出身の候補者が浮かんだはずだ。
「ときの農林水産大臣にすぐにホットラインで電話を申し込み、『そうか、馳さんがそう言うんだったらわかった』。これが力というものであります! 建設、土木、機械、半導体、観光業、医療介護、看護。すべての分野において時の経済産業大臣、農林水産大臣、国土交通大臣、厚生労働大臣、官房長官、そして総理に、直接、直にお話をする。いや、むしろ彼らが『馳さんがそういうのであれば間違いないだろう。馳がそういうのであれば納得した。馳がそういうのであれば日本のためになる。そして石川県のためになる。だから俺たちは心を一つにして馳を石川県知事としてまつりあげ、そして一緒に強い日本、強い日本をつくっていくんだ』。このような気持ちになってくださればこそ、我々が馳を石川県知事に推しているのであります。そうではありませんか!」
対立候補の山田候補の出身地である加賀市の宮元陸市長の演説もこれまた激しかった。
「いよいよ関ヶ原! 皇国の興廃この一戦にあり! ということであります! 我々、公の立場をいただいております。とりわけ基礎自治体の首長は、いつ、いかなる時も市民の方々に自らの考え方をしっかりとご説明しなきゃいかんわけです。ましていわんや石川の将来、そして我々にとっては加賀市の将来を決める、非常に重要な選挙の時にですね、皆さん方、市民の多くの皆さん方に説明をするのは、もう義務と責任なんです! それをやらずに保身に走るということは許されないです! 皆さん、そうでしょう! 私は自分を守ることは捨てて、今日この場に来ているわけであります。泉谷さん(泉谷満寿裕珠洲市長)もそう、宮橋さん(宮橋勝栄小松市長)もそう。覚悟を決めているわけであります!」

応援弁士の演説があまりにも熱い。そのため馳氏の演説はむしろ冷静に聞こえた。馳氏は出陣式での決意表明の冒頭に、得意の俳句を詠んでいる。
「最初に一句申し上げます! (詠むのは)皆さんの熱気です。『この雪を 溶かす 石川新時代』『この雪を 溶かす 石川新時代』。確信をしました! 皆さんの熱い思いが先ほどから(境内の木に積もった)雪を溶かして、上からポタポタと落ちてきております。みんなで協力をして、この石川県をもっと良くしていこう、もっと前へ動かしていこう。そんな思いを作り上げることが大事なんじゃないでしょうか!」

会場から拍手は起きた。しかし、応援弁士の演説で熱くなった会場の空気が少し落ち着いたように感じた。
馳氏がアピールしたのは国会議員時代に尽力した議員立法。そして文科相としての実績だ。そして自分自身の人生と重ね合わせながら、「社会的弱者といわれる皆さんのために、県政を通じて、多くの声を拾い上げて支えていく。そういう、優しい政治をしていくこともぜひとも推進していきたいと思っています」とも訴えた。
私は3日間、馳氏が県内で行った街頭演説を複数箇所で見た。回を重ねるごとに、デジタルトランスフォーメーションの必要性や人口減少対策、地球温暖化対策などの具体的な政策も語られるようになっていた。
この選挙の複雑さは、告示日初日に自民党の中村勲県議の自宅前で行なわれた街頭演説でもわかった。中村県議の自宅を囲む壁には、自民党の国会議員や地方議員の看板がこれでもかとばかりに掲げられている。その真ん中には、馳浩氏と山田修路氏の看板が並んでいた。
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