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【雪をも溶かす熱戦】波乱の中で有権者に「熱」を伝えるのは誰か? 石川県知事選挙現地レポート(畠山理仁)

2022/3/12

畠山理仁

畠山理仁

14時4分に立候補を届け出た岡野晴夫候補

 当初、この選挙は「4人の候補による選挙戦」になると見られていた。事前に石川県選挙管理委員会に問い合わせをし、立候補の準備を進めてきたのが4人だったからだ。
 告示日24日午前中の段階では、飯森候補、山野候補、山田候補、馳浩候補の4人が立候補を届け出た。お昼のニュースでも「知事選には現在までに4氏が届出」と報じられていた。私は一人で4候補の選挙戦をカバーするため、朝から石川県内を車で走り回っていた。

 ところが、である。午後4時すぎにカーラジオから「5人目の候補者」が紹介されたのだ。
 候補者の名前は岡野晴夫氏(71歳)。驚いた私はすぐに車を停め、石川県選挙管理委員会に問い合わせた。
「事前に選管に問い合わせなどはありませんでした。当日、選挙管理委員会にいらして、14時4分に立候補届出が受理されました」

 岡野さんは選挙公報や政見放送は申し込まれたんでしょうか?
「選挙公報の原稿締切は明日の夕方ですが、まだ提出いただいてはいません。おそらく申し込まれると思います」
 たしかに立候補の受付時間は朝8時30分から17時までだ。私も普段の選挙取材であれば、告示日は選挙管理委員会に朝から夕方まで張り付いて最後の立候補者まで見届ける。しかし、今回は短期取材という制約があったため、4人の候補を追うことを優先した。そのため岡野氏が立候補を届け出る場面には立ち会えなかった。

 さっそく岡野氏が届け出た選挙事務所の電話番号に電話した。しかし、誰も出なかった。留守番電話だ。困った。これはもう選挙事務所に行くしかない。選管に届けられた事務所の住所に向かい、インターホンを押すと男性の声がした。名前を名乗り、岡野候補に話を聞きたいと申し出ると、インターホン越しに男性は言った。
「今、晴夫はおりません。戻る時間もまったくわかりません。家族に黙って朝出ていったきり、戻らないんです。もう帰ってこないかもしれません」

 岡野晴夫さんが知事選挙に立候補されたので訪ねてきたんです。
「いやあ、それはもう、家族は初耳なんで当惑しています。立候補の相談はまったくありませんでした。家族としてはまったく迷惑な話です」

 車で出かけられたのでしょうか。携帯電話はお持ちではありませんか。
「車の免許は持っていません。携帯電話も持っていません。私は家族の者ですけど、私も連絡の取りようがないんです。今日はもう勘弁してください。こっちも迷惑しとるんで」

 その日の夜、地元テレビのニュースを見ていると、岡野候補が県庁前で話している様子が流れた。「第一声」というよりも、県庁に詰めていた記者たちのグループインタビューに答えている様子を撮影したもののようだった。
 告示翌日の2月25日付け地元紙・北國新聞の報道によると、岡野氏は「この日の朝刊で知事選の記事を読み、『ほかの4候補では県民にとって満足できない』との思いで立候補を決断したという」と書かれていた。

 私は翌日の午後3時過ぎ。4候補の街頭演説取材の合間を縫って、県庁内の石川県選挙管理委員会を訪れた。岡野候補が選挙公報の原稿を提出に来ると考えたからだ。県庁に車を停めて選挙管理委員会を訪ねると、職員が教えてくれた。
「岡野さんは先ほどお見えになって、選挙公報の原稿を提出されました」

 いつですか?
「ほんの10分ほど前です。もうお帰りになりました」
 その言葉を聞いて走った。県庁前のバス停を探した。しかし、岡野候補の姿は見えなかった。すぐに車に乗り、再び岡野候補の選挙事務所を訪ねた。昨晩に続いてインターホンを押すと、昨日と同じ男性の声がした。
「あ、昨日こられた方ですか。本人呼びますんで、ちょっと待っててください」
 岡野候補は帰宅していた。ご家族が家の中で「記者の人が来てる」と声をかけてくれたのがわかった。

 しかし、玄関の扉の外で5分待っても現れない。もう一度インターホンを押すと、今度はご家族が扉を開けてくれて「まだ来てませんか?」という。ご家族が再度岡野候補に私の訪問を告げると、ようやく岡野候補が玄関まで出てきてくれた。

 選挙を取材している畠山と申します。岡野さんが立候補された理由や訴えたい政策をうかがいたいと思ってお邪魔しました。
「えっと、すごく疲れてるもんで。申し訳ないですけど。ごめんなさい」

 一番訴えたい政策だけでも教えていただけませんか。
「一応、選挙公報が出るんで、それを見てもらえれば」

 せめてお写真を一枚だけでも撮らせていただけませんか。他の方は写真が載るので不公平にならないように。
「いやあ、もう、本当に疲れとるんです。ごめんなさい」

 岡野候補はそう言うと、玄関先を立ち去り、家の奥へと入ってしまった。私が何度呼びかけても、もう戻ってきてはくれなかった。世の中にはいろんな立候補の形がある。

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畠山理仁

畠山理仁

フリーランスライター。第15回開高健ノンフィクション賞受賞作『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)著者。他に『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』(集英社)など。興味テーマは選挙と政治家。

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