2016年5月27日、米国のオバマ大統領が現役大統領として初めて広島の平和記念公園を訪れ、原爆死没者慰霊碑で献花した後に演説を行いました。演説は当初数分の予定だったものの、結果として約17分にも及ぶスピーチとなりました。しかしながら、その壮大なスピーチの中身は、抽象的な言葉も多く、いまいち理解できなかった方も多いのではないでしょうか。

(写真はホワイトハウスより)
そこで、本記事では、オバマ大統領が何を語り、何を語らなかったのか、簡潔にまとめてみました。
・原爆が投下されたことに、思いを巡らせる
「私たちは、それほど遠くないある過去に恐ろしい力が解き放たれたことに思いをはせるため、ここにやって来ました。」
・原爆投下によって犠牲になった人への追悼
「私たちは、10万人を超える(中略)死者を悼むため、ここにやって来ました。」
・戦争の惨禍を繰り返させないための決意表明
「私たちは、歴史を直視するために共同責任を負います。そして、こうした苦しみを二度と繰り返さないためにどうやってやり方を変えなければならないのかを自らに問わなければなりません。」
・原爆の記憶を風化させてはならないという意思表明
「1945年8月6日の朝の記憶を決して薄れさせてはなりません。その記憶があれば、私たちは現状肯定と戦えるのです。その記憶があれば、私たちの道徳的な想像力をかき立てるのです。その記憶があれば、変化できるのです。」
・自衛手段としての武力を認めつつ、核兵器を減らし、外交を通して紛争を解決する努力の必要性を訴える
「私たちは、人間が邪悪な行いをする能力を根絶することはできないかもしれません。だから、(中略)自らを守る手段を持たなければなりません。しかし、私の国のように核を保有する国々は、勇気を持って恐怖の論理から逃れ、核兵器なき世界を追求しなければなりません。(中略) このような破壊をもたらすような核兵器の保有を減らし、この「死の道具」が狂信的な者たちに渡らないようにしなくてはなりません。(中略) 紛争を外交的手段で解決することが必要です。紛争を終わらせる努力をしなければなりません。」
・進歩し続ける科学技術を、破壊の道具としてではなく、人生を充実させるために使うべきであると主張
「技術の進歩が、~ 私たち人間に破滅をもたらすこともあります。~ 科学的な変革には、道徳的な変革も求められます。だからこそ、私たちはこの場所に来るのです。」
「科学をもっと、人生を充実させることに使ってほしいと考えています。」
・日本への原爆投下に対する歴史的意義を定義付け: 広島と長崎は、道義的な目覚めの地
「世界はこの広島によって一変しました。しかし今日、広島の子供達は平和な日々を生きています。なんと貴重なことでしょうか。この生活は、守る価値があります。それを全ての子供達に広げていく必要があります。この未来こそ、私たちが選択する未来です。未来において広島と長崎は、核戦争の夜明けではなく、私たちの道義的な目覚めの地として知られることでしょう。」
・ アメリカによる原爆投下の賛否、及び謝罪
今回、オバマ大統領が日本に原爆投下したことを謝罪するかどうかも大きく注目されていました。しかし、実際アメリカによる原爆投下の賛否、及び謝罪に関する言葉がオバマ大統領の口から出ることはありませんでした。これは、米国内の世論に配慮した結果だと考えられます。というのも、米国内では原爆投下は正しかったとする意見が未だに根強く支持されています。もし謝罪したとなると、原爆投下は過ちだったと認めたことにも繋がりかねません。たとえオバマ大統領が個人的に原爆投下に対して否定的な考えを持っていたとしても、民主主義国である以上世論は簡単に無視できず、踏み込んだ発言はできなかったのでしょう。
・ 核なき世界へ向けて、今後の具体的な施策
今回の演説では、核なき世界を目指して努力する力強い意思表明は行ったものの、具体的な施策に関しての言及はありませんでした。オバマ大統領は2009年に核なき世界へ向けた国際社会への働きかけが評価されてノーベル平和賞をしました。しかしながら、実際の核廃絶への成果は乏しく受賞はふさわしくないとアメリカ国内外で批判されて、オバマ大統領が「ノーベル平和賞は特定の業績を顕彰するためだけではなく、一連の目的に弾みを付ける手段として用いられることもあるということも承知している。」と異例のコメントを発表しています。そのような経歴があるからこそ、具体的な行動計画や施策の発表が期待されていたのですが、今回も耳にすることはできませんでした。
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