安倍晋三首相が4日に定例の年頭記者会見を開き、今夏に予定されている参院選への意欲を語った。会見を受けて一部メディアは「首相が参院選の争点に憲法改正を掲げる」と報じたが、私は「あれっ」と感じた。会見でそんな明確な発言はなかったからだ。
全国紙5紙と中日新聞(東京新聞)の1面記事の見出しは次の通り。筆者の住む中部地方で夕刊を発行していない読売と産経は5日の朝刊、残りは4日の夕刊からピックアップした。
中日と産経は「改憲が争点」と報じ、その他の新聞は「改憲を議論」としたか、「参院選、自公で過半数」という発言を見出しにとった。いったいどちらの報じ方が正しいのだろうか。首相は実際に何と語ったのだろうか。
首相官邸のホームページに会見の動画と全文が掲載されている。実際に見てもらえればわかるが、この中で首相が憲法改正について語ったのは次の短い発言だけである。
参院選の争点について質問した記者に「憲法改正については、これまで同様、参議院選挙でしっかりと訴えていくことになります。同時に、そうした訴えを通じて国民的な議論を深めていきたいと考えています」と回答。これ以外に「憲法」という言葉は一切出てこない。
「これまで同様、訴える」というのは、最近の国政選挙でいずれも自民党がマニフェストに改憲を盛り込んだからだ。前回参院選の公約は「憲法改正原案の国会提出を目指し、憲法改正に積極的に取り組む」。その後の衆院選の重点政策にも「憲法改正を目指す」と明記している。
ただ、いずれの選挙でも首相が改憲を全面的に訴えたかというとそうではない。前面には国民の関心が高い経済再生や社会保障改革を打ち出し、公約の隅っこに改憲を載せただけ。「これまで同様、訴える」というのは、その程度の訴え方ととるのが素直な受け止め方だ。
「訴えを通じて国民的な議論を深めたい」というのも、「改憲を争点にする」との宣言ではない。改憲を盛り込んだ公約の配布や街頭演説、個人演説会等を通じて改憲への理解が少しでも深まればいい、世論が盛り上がればいいという意味だろう。
いずれにしても長期政権を目指して周到に立ち回ってきた首相及び菅義偉官房長官が、現時点で改憲を参院選の争点に据えるとは考えにくい。大規模なテロなどを背景に、「憲法を改正すべきだ」という世論が急速に広がれば別だが。
ではなぜ、産経と中日が「改憲を争点」と報じたのか。そこには真逆の思惑が隠されている。保守的な主張で知られる産経は「改憲を後押し」したいから、リベラル色の強い中日は「改憲を阻止したい」から。そのために見出しと記事に少し「手を加えた」のである。
国民の多くは特定の新聞しか読むことがないだろうから、こうしたメディアの報じ方の違いに気付くことは少ない。しかし、そこに「メディアの罠」が潜んでいる。各社の思想や思惑が含まれた記事や解説をそのまま「事実」として受け取り続けると、自分の知識や考え方も影響を受ける可能性があるのだ。
一般の人には常に複数のメディアをチェックする時間はないだろうが、たまには自分の家でとっている、もしくは会社で読んでいる新聞とは別の新聞も読んだ方がいい。気になった記事について、他のメディアがどう報じているか、ネットを使って調べてみた方がいい。
少し疑って、斜めに読む。これがメディアとの正しい付き合い方かもしれない。
この記事をシェアする
選挙ドットコムの最新記事をお届けします
My選挙
あなたの選挙区はどこですか? 会員登録をしてもっと楽しく、便利に。
話題のキーワード