書籍:『選挙参謀』
著者:関口 哲平
出版:角川文庫
発行:2009.7.25
地元の公立高校から東大に進み、アメフト部で活躍した後は報道記者としてテレビ局に就職。汚職が蔓延した故郷の未来のため、改革を訴えて市議に立候補しトップ当選。当選後も駅前での朝演説を続け、努力も怠らない。この、経歴も外見も人格も申し分のない34歳の若者が、今度は市長選挙に立候補するという。『選挙参謀』の主人公、遊馬大介が相手にするのは、こんな理想的な候補者だった。
選挙戦を描く小説といえば、巨悪に挑む若手が革新的なアイディアと若者ならではのスピード感をもって、少々の恋愛要素も合わせて最後に悪を倒すという設定が定番だが、『選挙参謀』はその逆を行く。
遊馬のクライアントは、三選を狙う現職市長。通常、現職が三期目で落ちることは滅多にないが、今回ばかりは分が悪い。相手候補の「タマ」が良いのと、市長自身が「そろそろ年貢の納め時」と言われてしまうほど、談合や口利きなど諸悪の根源なのである。利権構造に組み込まれた組織票も、金で言うことを聞かせていた分、いつ手のひらを反すかわからない。こんな劣勢の中では、たとえ日本で三本の指に入ると言われた選挙参謀の遊馬といえども、やれることには限度がある。ならば、勝機をどこに見出せば良いのか。選挙のプロとしての、遊馬の戦いが始まった――。
ストーリーの面白さもさることながら、選挙描写の圧倒的なリアリティに引き込まれる。たびたび出てくる票読みの信頼性をはじめ、死人まで出る劇的な展開でも、決して絵空事とは思えずに現実味を帯びているのは、著者の関口哲平が、選挙プロデューサーとして数々の大型選挙を取り仕切った経験があるからだ。
田舎の議会選挙でもプロのウグイス嬢を雇えば、候補者はまるで一国の宰相か映画スターのように持ち上げられる。ウグイスが啼けば啼くほど、陣営の勘違いもエスカレートしていく。その様子を「ウグイス嬢を中核とした壮大な選挙マスターベーション」と遊馬に言わせるあたり、著者ならではの実感がこもっていて頷ける。
選挙参謀は、ヤクザな稼業だ。信じられないほどの高報酬と引き換えに孤立無援で選対に飛び込み、知恵の限りを尽くして戦う。ここだと判断したら、勝負師としての覚悟をかけて金も人も一気につぎ込んで仕掛ける。正攻法で見込みがなければ、邪道を行くこともある。計画はときに、陰謀と呼ばれる類のものにも変化する。マトモな感覚をもった大人のやることではないと、遊馬も言う。それでも選挙は「法治国家において、面と向かって相手を攻撃できる」機会であり、選挙こそが「唯一法律で許された合法的な戦争」である。選挙参謀という名の賞金稼ぎは、男の本能を剥き出しにして戦う魔力から、おそらく永遠に逃れることができない。たとえ愛する者を失うことになろうとも。そんな刹那的な生き方は、読み手にとっては、魅力的にも映る。
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