
公職選挙法には「連座制」というものがあるという。選挙の話を聞いていると、知らない言葉ばかり飛び出してくるので気が抜けない。小島さんの話など、1秒ぼんやりするとたちまち意味不明になるので、大学の講義のように真剣に聞かねばならない。わかってはいたがやっぱりややこしい世界だ。この分野に詳しい専門家が身近にいない限り、怖くてとても立候補なんかできないだろうな、と私なんぞは思うのだが……。
「うーん、結構多くの人が『選挙は怖いもの』って思っているし、僕もこの仕事を始める前はそう思っていましたけど、実際はそんなに怖いものじゃないですよ」
そう言うのは、選挙プランナーという肩書きで働き、選挙ドットコムというサイトを運営し、年がら年中日本のどこかの選挙に関わっている松田馨氏ことマツダ参謀長である。そんな、頭の先からつま先まで選挙でできているような人に「選挙は怖くない」と言われてもいまいち信用ならぬ。思わず疑いの目を向ける小池であった。
【小池】
「その怖くなさはまだあまりピンとはこないですけども……。今言った、選挙の『連座制』ってなんですか? 字面的には江戸時代を感じるというか、五人組とかに近い印象を受けます」
【マツダ参謀長】
「あながち遠くもないかもね。かいつまんで言うと、選挙運動において、子分が悪い事したらその親分も捕まりますよ、っていうような決まりです。候補者と一定の関係にある人が悪質な公選法違反を犯した場合、候補者がいくら『僕は知りませんでした』と言っても、当選無効や5年間の立候補制限を受けるようになっているんです」
【小池】
「つまり、選挙違反のバレた政治家が『秘書が勝手にやったことだから知りません』ってシッポ切りをするような真似はできないんですね」
【小島氏】
「そういうこと。連座対象者となるのは、候補者の秘書や陣営の総括主宰、出納責任者、地域主宰者、候補者の父母、配偶者、子又は兄弟姉妹というような親族に加えて、組織的選挙運動管理者等です。」
「連座」という言葉自体が、犯罪を犯した人間の、その縁者にも刑罰を及ぼすことを指す単語である。この連座制、公職選挙法で昔から定められていた制度だが、1994年の公職選挙法改正によって、適用範囲が大幅に強化されたのだという。それまでは多分、「部下が勝手にやったことです」で切り抜ける人がたくさんいたんだろう。
【小池】
「じゃあ、身内に公選法のことを何もわかってない奴がいたらエライことになるじゃないですか。親、子、奥さんや旦那さん、そして兄弟も対象者になるのは驚きですね。自分とこのスタッフも親族も全員監視してなきゃいけないなんて、やっぱり怖くないですか」
【マツダ参謀長】
「連座制が適用されるのは、買収罪などの悪質な選挙違反に限られますから、わかってしまえば怖くないですよ。要は、親族や近しい関係者が候補者を当選させたくて『票を金で買う』ようなことをして有罪が確定すれば、仮に当選しても連座で無効になりますよ、だから買収なんて馬鹿なことは止めましょう、ということですから、わかりやすいでしょ?」
「何をやったら違反になるのかさっぱりわからない」状態ばかりを予想するから「怖い」イメージがついて回る、ということかもしれない。確かに言葉の意味を一つ一つ聞いていくと、「選挙において誰が何を気をつけているのか」ということが少しずつはわかってくる。その先にはまた専門的な「難しい」判断やなんかが待っていたりするわけだが、「難しい」のと「怖い」のは違う。どうも我々はここを混合しがちだ。歯医者に行く憂鬱の大半が、実際に痛みに耐える時間よりも、待ち時間の得体の知れない「恐怖」で構成されているのと同じだ。
【小島氏】
「まあ、わかんないでしょうねえ。色んな細々したことの、何がOKで何がNGかなんて。僕もよく、選挙の告示日より前に周りに『立候補します』って言ったら公選法違反なんですよね? とか聞かれますよ。立候補するってことを周りに言っちゃいけないなんて公選法には書いてないんだけどね。だって言わなきゃ何も始まらないじゃない(笑)」
【小池】
「確かに……」
【マツダ参謀長】
「事前運動の禁止と、事前運動にはあたらない政治活動や立候補の準備行為との線引など、わかりにくいポイントは色々ありますよね。まあでも、その辺りは小島さんや地域の選挙管理委員会、もしくは僕らのようなプロに聞いてくれればいいわけですから」
【小島氏】
「そうそう。あまり怖がらずに、選挙管理委員会にいろいろ質問して鍛えてやって欲しいね。」
【マツダ参謀長】
「はい、僕も小島さんに『これで合ってますか』って確認しながらやりたいと思います(笑)。そういえば今日僕、小島さんの判断を聞いてみたいことがあったんですけどね……」
そして、マツダ参謀長は私には理解不能の難しい話題について小島さんの意見を求め、小島さんもテキパキとそれに答えるのだった。
その様子を見ながら私は思った。選挙というのはとてもシステマチックな、ただ定期的に行われて数多の数値とともに淡々と後ろに流れていくもののように見ていたけど、実際はもちろんそんなことはなく、人の手による生々しい営みなんだなあと。マツダ参謀長や小島さんのような選挙の権化みたいな人たちでも、日々情報交換をして、判断の難しい事例にその都度迷いながらあたっているのである。
二人が話している光景は、全然怖いものではなく、むしろ楽しいものだった。
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