さとう しゅういち ブログ
アジア大会から32年──平和都市広島はどこへ向かうのか
2026/9/18
アジア大会から32年──平和都市広島はどこへ向かうのか
明日、2026年9月19日。
名古屋でアジア競技大会が開幕する。
日本で前回開催されたのは1994年の広島大会だった。
広島大会は、安佐南区・西風新都の広域公園を中心に、
県内各地を舞台にした“地域ぐるみの国際交流”だった。
市内では、公民館が一つの国を応援する 一国一館運動 が展開され、
広島は「アジアの中で生きる」という決意を示した。
あれから32年。
広島は今、岐路に立っている。
🟥 1|西風新都はなぜ伸び悩んだのか
西風新都は、当初「広島の未来都市」と期待された。
しかし現実は厳しい。
企業が来ては撤退する
空き倉庫・空きビル・空きマンションが目立つ
広域公園の核だったサンフレッチェは中区へ移転
都市計画の核が抜け、
“都市としての物語”が途中で途切れたままになっている。
一方で、アストラムラインの西広島延伸は進み、
交通軸は強化されつつある。
だが、交通だけでは都市は育たない。
「何を置くか」「何を担うか」という役割付けが必要だ。
🟥 2|副首都法案成立──広島はどこを名乗り出るのか
今年7月、国会で 副首都法案 が成立した。
広島県も立候補を表明したが、
具体的な場所はまだ決まっていない。
本紙は、次の二拠点複首都案を提案する。
西風新都に国会議事堂と中央省庁
呉・日鐵跡地(防衛省が取得)に防災省
西風新都は広大な土地があり、
交通軸も整備されつつある。
呉は防衛・造船の歴史があり、
防災省の拠点として合理性がある。
広島・呉は、
日清戦争時に臨時首都となり、
戦前はアジアへの出撃拠点だった。
その歴史を「平和のための安全保障」に転換することは、
広島の使命でもある。
🟥 3|G7広島サミットの光と影
2023年のG7広島サミットは、
原爆資料館の入館者増など、
広島の発信力を高めた。
しかし同時に、
米欧偏重の外交姿勢が強まったのではないか
という懸念も残った。
パールハーバーとの姉妹協定
→ 米国の原爆投下を「許した」と誤解されかねない
広島ビジョン
→ 西側の核を肯定し、核先制不使用にも触れない
平和都市としての広島が、
米欧の政治的枠組みに取り込まれ、
アジアとの連携が弱まる危険がある。
🟥 4|広島は本来“アジアの中で生きる都市”だった
1994年アジア大会の前後、
広島は「アジアの一員として生きる」という意識を強めた。
その流れは今も続いている。
広島が主導する 平和首長会議 には、
2025年度末時点で イランの1016都市 が参加している。
国外最多である。
これは、
広島がアジア・中東の都市外交の中心になりうる証拠だ。
一方で、米欧は社会の分断が進み、
かつての安定した米欧ではなくなってきている。
世界の重心は静かにアジアへ移りつつある。
🟥 5|結語:広島はアジアの横の連携の先頭に立つべきだ
広島は、
平和都市としての発信力を持ちながら、
アジア大会で地域ぐるみの交流を経験し、
平和首長会議でアジア・中東の都市と深く結びついてきた。
その歴史と資産を生かすなら、
広島が進むべき道は明確だ。
米欧偏重ではなく、アジアとの横の連携の先頭に立つこと。
そして、
副首都構想を「アジアとつながる平和都市の新しい役割」として位置づけ、
西風新都と呉を未来の国家インフラとして再設計することだ。
広島は再び、
アジアの中で生きる都市として歩み出すべき時期に来ている。
さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男