さとう しゅういち ブログ
長崎は“米軍機が投下”と明言した。広島は、なぜ誰も言わなかったのか
2026/8/9
📰 広島瀬戸内新聞 特集記事長崎は“米軍機が投下”と明言した。広島は、なぜ誰も言わなかったのか。― 被爆地外交の空白と、右派ポピュリズムが語りを奪う危険 ―― 2028年、広島はどこへ向かうのか ―
Ⅰ 長崎市長は明言した。「米軍機が原爆を投下した」と
2026年8月9日、長崎原爆の日。
長崎市長は平和宣言で、こう述べた。「米軍機によって原子爆弾が投下されました。」
長崎は毎年一貫して“加害の主体”を曖昧にしない。
これは歴史的事実であり、被爆地としての主体性を守る姿勢として国際的に評価されている。
Ⅱ 一方、広島では――誰も言わなかった
同じ年、広島の平和宣言では
「米軍」「米軍機」「米国による投下」
という主体は一切明言されなかった。広島県知事も同様である。この“主語の欠落”は、
国際NGOから
「広島は米国に配慮しすぎている」
という批判を受けてきた。しかし問題はそれだけではない。
Ⅲ 右派の百田尚樹議員も批判した
広島の曖昧化は、左派・国際NGOだけでなく、
右派の百田尚樹議員からも批判を受けた。右派の論点はこうだ。「長崎は言っているのに広島は言わないのはおかしい」「誰が落としたか言わないのは歴史の歪曲だ」「広島は米国に気を使いすぎている」これは、右派ポピュリズムが
“歴史の正しさを語る側”に立ってしまう危険
を示している。
Ⅳ 広島が主体を曖昧化すると、右派ポピュリズムが“正論ポジション”を取る
本来、
「原爆投下の主体を明記する」
というのは右派・左派の対立とは関係ない“歴史的事実”である。しかし広島がそれを言わないことで、
右派ポピュリズムが
「長崎は言っている。広島は言わない。広島は歴史を歪めている」
という“正論ポジション”を取ってしまう。これは政治的に極めて危険だ。
● 左派・国際NGO→ 「広島は米国に配慮しすぎている」
● 右派ポピュリズム→ 「広島は歴史を言わない。長崎の方が正しい」
● 広島→ 全方向から批判される構造に陥る
そして、
被爆地の語りの主導権が右派に奪われる
という最悪の事態が起こりうる。
Ⅴ 長崎は原則を守り、広島は配慮を重ねた
長崎は2024年、イスラエルを招待しないという決断を下し、G7が激怒した。
しかし長崎は原則を曲げず、翌年には
ロシア・ウクライナ・イラン・米国・イスラエルの全方位参加
を実現した。一方、広島は2025年、ロシア大使館に参加を要請したが拒否された。
G7広島サミット後の「米国寄り」の印象が影響したと分析されている。長崎は原則を守り、結果として尊重された。
広島は配慮を重ねたが、結果として誰からも得をしなかった。
Ⅵ そして2028年――真珠湾姉妹協定の更新問題が迫る
広島が直面する最大の外交課題が、
**2028年に更新期限を迎える「真珠湾姉妹協定」**である。この協定は市民意見聴取なし議会承認なし第三者検証なし
という手続き的正統性の欠如が指摘されている。さらに、
「広島の名が核使用の免罪符として利用される危険性」
が国際的に懸念されている。
Ⅶ 広島市長選で問われるべき“外交の五本柱”
平和宣言の主体性回復
G7との距離の再調整
姉妹協定2028非更新の是非
長崎モデルの導入可能性
国際的信用の回復戦略
これは候補者の政策比較ではなく、
広島という都市がどの方向へ進むかを決める“都市の意思”の問題である。
Ⅷ 広島は「ボケている場合じゃない」
市民の間では、
「広島はボケッとしとる場合じゃない」
という声が広がっている。これは単なる怒りではなく、
被爆地としての尊厳を守るための正当な警鐘
である。広島が主体性を取り戻すためには、原爆投下主体の明記姉妹協定の凍結と再検証中立性の回復長崎モデルの研究市民参加型の意思決定これらが不可欠となる。
Ⅸ 結び:2028年は「広島の魂」を決める年
真珠湾姉妹協定の更新は、
単なる外交儀礼ではない。広島が“誰のために平和を語る都市なのか”を決める分岐点である。広島瀬戸内新聞は、
市民が主体的に議論し、
広島が再び世界から尊敬される被爆地となることを願い、
本特集をここに掲載する。
さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男