さとう しゅういち ブログ
**国家の正当防衛を笑う者は、歴史の重さを知らぬ ――イラン批判の空虚と、国際法を語る資格**
2026/7/15
**国家の正当防衛を笑う者は、歴史の重さを知らぬ
――イラン批判の空虚と、国際法を語る資格**
国際政治の議論というものは、昨今どうも軽くなった。
右派の一部は、イランの防衛措置を「国際法違反だ」と声高に叫び、
ネットの片隅で勇ましい言葉を並べている。
だが、彼らの言説には、国家の存亡を扱う者としての重みが欠けている。
違法だと言うなら、国際司法裁判所(ICJ)に提訴すればよい。
国際法とは、裁判に訴えた者だけが使える法である。
ネットで吠えても、国際社会は一顧だにしない。
■国家には「正当防衛」がある
個人に正当防衛があるように、国家にも正当防衛がある。
急迫不正の侵害に対し、必要最小限度の反撃を行う。
この原則は、国際法における自衛権の根幹である。
イランが行っているホルムズ海峡での防衛措置は、
国際海峡の通過通航権との衝突こそあれ、
国家生存のための自衛措置として、違法性が阻却され得る。
■右派の空虚さ:言うだけで、行動しない
右派の人々は、イランを批判する。
しかし、国際法を本気で使う覚悟があるなら、
ICJに提訴するという選択肢があるはずだ。
ところが、誰一人として提訴しない。
理由は明白だ。
彼らは国際法を語る資格を持たない。
国際法とは、
証拠
法理
主権
を持つ者だけが扱える重い道具である。
ネットの怒号は、国際法廷では紙屑にも劣る。
■被爆者は実際に提訴した
広島の被爆者団体は、原爆投下の違法性を問うため、
実際に国際司法裁判所へ提訴した。
結果は棄却であったが、
国際法廷に立ったという事実そのものが重い。
国家の存亡、国際法の限界、歴史の重さ――
これらを背負って裁判に臨んだ人々の覚悟は、
ネットで吠える右派の軽さとは比較にならない。
■国家はまず生き残らねばならない
国家が滅びれば、違法性を争うことすらできない。
原爆投下は明確に違法であった。
しかし、大日本帝国が滅んだため、
裁判を起こす主体が消滅し、違法性は問われなかった。
国際法は「生存した者の法」である。
滅んだ者の権利は、歴史の闇に消える。
イランも日本も、この構造の中にある。
国家はまず生き残らねばならない。
その後に、国際法廷で弁明すればよい。
■社説の結論
国家には正当防衛があり、違法性は阻却され得る
イラン批判をするなら、ICJに提訴するのが筋である
ネットで吠える右派は、国際法を語る資格を持たない
被爆者は実際に提訴し、その覚悟は歴史的に重い
国際法は「生存した者だけが使える法」であり、国家はまず生き残らねばならない
国家の存亡を語るなら、
ネットの軽口ではなく、歴史の重さを踏まえた議論をすべきである。
それが、専守防衛を語る者の最低限の責任である。
さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男