さとう しゅういち ブログ
統治の空白が革命を腐敗させる──日本政治は「ホメイニ期のイラン」の轍を踏むのか
2026/7/7
統治の空白が革命を腐敗させる──日本政治は「ホメイニ期のイラン」の轍を踏むのか
女性総理の誕生は、日本政治における歴史的転換点であった。
世襲政治の支配を破り、庶民家庭出身の女性が総理に就任したことは、確かに「革命」と呼んで差し支えない。
だが、革命を成し遂げたことと、国家を統治できることは別問題である。
残念ながら、現総理は革命の象徴であることに満足し、統治という国家の根幹を空白のまま放置している。
その空白を埋めるように、ネット空間では総理支持派の急進勢力が跋扈している。
彼らは革命の熱狂に酔いしれ、統治の安定よりも「壊すこと」そのものを快楽とする。
国家の制度が壊れれば壊れるほど喜ぶという倒錯した心理は、革命期の常である。
この構図は、イラン革命初期──ホメイニ師の時代を想起させる。
革命の熱狂が国家の制度を破壊し、穏健派は排除され、気が付けば国際的孤立と敵対の包囲網に追い込まれた。
革命は成功したが、統治は失敗したのである。
日本も同じ道を歩みつつある。
村田被疑者による中国大使館侵入事件という外交上の重大な非礼を、総理は放置したままだ。
その一方で、中国本土を射程に収める攻撃能力の導入だけは急ぐ。
相手国から見れば、
「日本は謝罪も説明もせず、軍事的圧力だけを強める国」
という最悪の印象を与える。
統治の空白は、革命勢力の暴走を許し、国家を危険な方向へ導く。
このままでは、日本はホメイニ期のイランと同じく、
気が付けば孤立し、敵だらけの状況に追い込まれる。
国家の安全保障とは、兵器の数ではなく、統治の質である。
総理は革命の象徴であることをやめ、統治者としての責任を果たすべきだ。
それができなければ、日本は革命の熱狂に呑まれ、国際社会の中で自らの立場を失うだろう。
さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男