さとう しゅういち ブログ
広島駅北アリーナと巨大病院 輸送力なき“駅前一極集中”は危険である 広島に必要なのは適度な分散...
2026/6/13
**広島駅北アリーナと巨大病院
輸送力なき“駅前一極集中”は危険である
広島に必要なのは適度な分散と文化の静けさだ**
広島駅北口で新アリーナの協議会が6月末にも発足し、年内に建設方針が策定されるという。
だが、現場近くには県が巨大病院を計画している。
ただでさえ自動車交通も人の流れも過密な広島駅周辺に、
アリーナと病院を同時に押し込むことは、都市として極めて危険である。
広島駅周辺の混雑はすでに限界に近い。
山陽本線の朝夕は山手線並みの混雑となり、広電や市内バスの一部も乗り切れない。
しかし、ここで問題なのは、
混雑だけが東京級で、利便性は地方都市レベルにとどまっている
という最悪の状態である。
東京の山手線は数分おきに来る。
代替路線も多く、混雑しても都市としての利便性が高い。
だが広島は違う。
本数は限られ、乗り換えも少なく、代替手段も乏しい。
その中で駅前に巨大施設を集中させれば、
混雑だけが増え、利便性は改善しない。
アリーナ単体でも大きな負荷となる。
まして巨大病院と重なれば、
駅北は“人も車もパンクする街”になる危険が高い。
■ JR西日本は地域輸送の責任を果たすべきだ
アリーナはJR西日本の土地を利用して建設される。
であるならば、JR西日本は輸送力の抜本的改善を担う責任がある。
阪神タイガースを抱える阪神電鉄、埼玉西武ライオンズを抱える西武鉄道は、
球団と地域の輸送を一体で支えてきた。
しかしJR各社はどうか。
近年、芸備線快速増発などの多少の改善は見られるものの、国鉄の悪い部分と民間の悪い部分のハイブリッドのような対応が目立つ。私鉄と比べても地域輸送への責任が希薄で、目先の利益に偏りがちだ。
市や県は、国とも連携しながら
JRに輸送力増強の責任を果たすよう強く求めるべきである。
それができないなら、
駅北は本当に“死人が出る街”になりかねない。
■ 巨大病院はこの立地では論外である
筆者自身も家族の通院に付き添う経験から痛感するが、
病人にとって、あるいは介助者にとって、
過度な喧騒は疲労を増す。
広島駅北口のような
商業密集
ホテル密集
観光客大量流入
交通渋滞
の環境は、病院立地として最悪である。
病院は静けさとアクセスのバランスが必要だ。
駅北のような“騒音と混雑の中心”に置くべきではない。
■ 広島は「適度な分散」でこそ魅力を取り戻す
広島には、東京の大学や大手企業に進み、
30代40代で戻ってくる人が多いという特徴がある。「中年からの街」だ。
若い時の武者修行は悪くない。
問題は、
その後に“戻りにくい街”になりつつあることだ。
混雑は東京並み、利便性は中途半端、文化環境は駅前過密で悪化──
これではUターン・Jターンの受け皿としての魅力が失われる。
文化は一定程度静けさの中で育つ。
東京芸大が上野の森にあるように、
世界の文化拠点は“街中の静かな場所”に置かれるのが常識だ。
広島に必要なのは、
新宿や渋谷のような巨大ターミナル型の過密ではない。
広島は東京ではないし、東京の真似をしても東京にはなれない。
求められるのは、
適度な分散
文化の静けさ
生活のしやすさ
回遊性のある都心
これらを軸にした“広島型都市モデル”である。
■ 結論
広島駅集中政策は、
都市の安全性、文化の育成、交通の利便性、
そして「戻りたくなる街」としての魅力を損なう危険がある。
広島は、
駅前過密ではなく、適度な分散こそが未来を拓く。
さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男