2026/6/12
立法府の総意――それは本当に国民の総意なのか https://www.youtube.com/live/7W8VC1FZFf4?si=t5oScU78zSaWgYyD
@YouTubeより
立法府の総意――それは本当に国民の総意なのか象徴天皇制の未来を左右する重大な問題であるにもかかわらず、国会が先日示した「立法府の総意」には、看過できない矛盾がいくつも存在する。広島という、象徴と民主主義の両方を見つめ続けてきた土地から、この問題を静かに考えたい。
◆ 国民の声と国会の構成のずれ
まず、国民の意識と国会の構成には大きな隔たりがある。世論調査では、女性天皇容認が約9割に達する。これは伝統を軽んじるものではなく、皇室がこれからも安定して続いてほしいという素朴な願いの表れだ。しかし、国会では男系男子維持が多数派となる。背景には、小選挙区制度が生む構造がある。固定票・組織票を持つ候補が当選しやすく、皇室問題に慎重な立場の議員が相対的に多くなる。この制度的なゆがみを抱えたまま、「立法府の総意」と言い切ることには無理がある。
◆ 選挙の正当性に疑念が生じる状況でさらに、現在問題となっている総理陣営による動画疑惑が事実であれば、これは単なる選挙戦術の問題では済まない。国民の判断が操作された可能性がある以上、選挙結果そのものの正当性が揺らぎかねない。広島は、戦後民主主義の原点を見つめ続けてきた土地である。選挙の公正さに疑念が生じることの重さを、私たちは痛切に理解している。その状況下で「立法府の総意」を掲げることは、国民の信頼を損なう行為となりかねない。
◆ 立法府の総意と言いながら、立法府は一致していない
今回の文書には、れいわ新選組、共産党、社民党が反対している。つまり、立法府の総意ではない。にもかかわらず、あたかも「国会全体の意思」であるかのように示されている。これは国民に誤解を与える表現であり、政治的な演出と言われても仕方がない。
◆ 立法府の総意なら、なぜ議員立法にしないのか
さらに不可解なのは、「立法府の総意」と言いながら、政府提出法案にするよう求めている点である。本来、立法府の総意であれば、議員立法で提出し、国会の責任で成立を目指すのが筋だ。それを政府に委ねるというのは、立法府としての責任放棄に等しい。ここにも矛盾がある。
◆ 四重の矛盾が示すもの
以上を整理すると、今回の「立法府の総意」には、
国民の総意とのずれ
選挙の正当性への疑念
立法府内の不一致
立法府の責任放棄
という制度上の矛盾という、四重の矛盾が存在する。
これでは、皇室の未来を左右する議論の土台としてはあまりに脆弱である。
◆ 広島から問う
広島は、象徴と民主主義の両方を見つめ続けてきた土地である。被爆地として、国家のあり方を「遠い政治の話」としてではなく、自らの暮らしと歴史の延長線上で受け止めてきた地域だ。だからこそ、私たちは問いたい。立法府の総意――それは本当に国民の総意なのか。この問いに誠実に向き合うことこそが、象徴天皇制を未来へと受け継ぐための第一歩である。
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