さとう しゅういち ブログ
白村江の戦いが現代に落とす影 ―右派も左派も、実は同じ“斉明帝の影”を見ている―
2026/6/12
🟥 白村江の戦いが現代に落とす影―右派も左派も、実は同じ“斉明帝の影”を見ている―(本紙佐藤)
🟥 1 右派の「女性天皇=国体滅亡」論の根にあるもの近年、右派(とくに総理支持の急進派)の一部には、「女性天皇を認めると日本が滅ぶ」 と言わんばかりの言動が目立つ。数としては大きくないが、与党の中枢に食い込み、国民世論とは大きく乖離している。この背景には、白村江の敗戦を“斉明帝の失策”とする歴史観 が深く染みついている。右派にとって斉明帝は、女帝強硬外交大敗国体の危機という“負の記憶”の象徴として扱われてきた。そのため、「女帝=国体の揺らぎ」 という反応が無意識に形成されている。
🟥 2 左派の一部が女性総理に向ける過剰な敵意も同じ構造一方、左派の一部には、現総理(女性)に対して、同じ傾向の思想を持つ男性総理以上に汚い言葉で攻撃する層が存在する。これは思想の問題ではなく、“女性指導者の強硬外交=斉明帝の影” という歴史的イメージが作用している。左派はそれを「権力の暴走」として嫌悪し、右派は「国体の危機」として恐れる。だが、どちらも同じ歴史像を見ている。
🟥 3 白村江の敗戦は“斉明帝の失策”ではなかった本紙佐藤として強調したいのは、白村江の敗戦は斉明帝の失策ではない。実際には、百済王余豊ショウ(偽天智)が斉明を煽り出兵を強行させ敗戦後にすべての責任を斉明に押し付け自身は近江へ逃亡し「天智」を名乗って唐に報告したという構造だった。つまり、女性指導者が失敗したのではなく、男性権力が女性指導者に責任を押し付けた。この構造が、現代の政治文化にも無意識に残っている。
🟥 4 右派と左派は“同じ幻影”を見ている右派は「女帝=国体滅亡」 左派は「女性指導者=強硬外交の暴走」しかしその根は同じ。どちらも、斉明帝の“改ざんされた歴史像” を参照している。そしてその改ざんは、偽天智(余豊ショウ)天武政権(高市大王+大海人宗教王)藤原不比等の編集という三段階で固定化された。
🟥 5 筆者(本紙佐藤)の立場筆者は、天皇については憲法の定める「国民の総意」に基づくべき と考える。また、現総理の外交政策には批判的 である。だが、どの立場であれ、語る言葉には、事実に基づく一貫性と公平性が必要だ。右派も左派も、斉明帝の“改ざんされた歴史像”を無意識に参照して女性指導者を評価しているなら、まずその歴史像を問い直すべきだ。
🟥 6 白村江の影を超えるために白村江の敗戦は、日本人の深層心理に「女性指導者=危機」 という幻影を刻んだ。だが、斉明帝は広島を経て伊予朝倉へ逃れ、越智王権に保護されて生き延びた。つまり、女性指導者は“滅び”ではなかった。その記憶を取り戻すことが、現代の政治文化を健全化する第一歩になる。
さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男