さとう しゅういち ブログ
懲戒権なき時代の“親子の危機”──阿部慎之助事件が照らした日本社会の新たな課題
2026/5/26
「懲戒権なき時代の“親子の危機”──阿部慎之助事件が照らした日本社会の新たな課題」
阿部慎之助前監督の逮捕・辞任は、単なる家庭内トラブルの表面化ではない。
この事件は、民法から「懲戒権」が削除された令和日本において、親子関係がどのように再定義されつつあるのかを象徴的に示した。
そして同時に、親を孤立させない支援体制の重要性を浮き彫りにした。
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🟥 懲戒権削除──“親の制裁権”という時代の終焉
2024年の民法改正で、明治以来続いた「親の懲戒権」が削除された。
これは、
- 体罰を含む“しつけ”の正当化余地を完全に断つ
- 子どもは親の所有物ではないという価値観を明確化する
という、親子関係の根本的な転換である。
昭和の家庭像──怒声、平手打ち、威圧的なしつけ──は、
もはや社会的に許容されない。
阿部前監督の事件は、この新しい基準が現実にどう適用されるかを示した。
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🟦 “相談”が“通報”に変わる時代
娘は手紙で、
- チャットGPTに相談した
- 匿名で児相に相談できると案内された
- どうすればいいか相談しただけで、警察が来て驚いた
と述べている。
ここには、現代特有の構造がある。
● デジタル相談のハードルは低い
AIやSNSは、友人に話すような感覚でアクセスできる。
しかし、児童相談所は
「虐待の疑いがあれば即通報」
という義務を負う。
● 本人の意図より制度が先に動く
娘の“相談”は、制度上“通報”に変換され、
警察は“現行犯”として動いた。
これは、
懲戒権なき時代の「制度の自動作動」
を象徴している。
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🟩 「怖かった」という感情と、積もった不安の臨界点
娘は「過度な状況説明をしてしまった」とも述べた。
しかし、
- 初めての大きな衝突
- 威圧的な状況
- 日常の小さな不安の蓄積
が重なれば、恐怖が増幅されるのは自然だ。
「真相は分からない」「怖い思いは事実」「積もった不安が臨界点だった可能性」
という揺れがこの事件の本質ではないだろうか。
家庭内の出来事は、外部から単純に善悪で裁けない。
しかし、制度は“最悪のケース”を想定して動く。
このギャップが、今回の事件を複雑にした。
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🟧 親を孤立させない社会へ
懲戒権がなくなった今、
親は「叱ること」そのものに不安を抱えやすい。
- どこまでが許されるのか
- 子どもが「虐待だ」と言ったらどうなるのか
- ワンオペ育児で追い詰められる
- 相談相手がいない
こうした不安が、逆に家庭内の緊張を高める危険がある。
だからこそ、
懲戒権削除と“親支援”はセットでなければならない。
● 親の相談支援
- 子育て相談窓口
- 24時間ホットライン
- 思春期対応の教育
● 地域での孤立防止
- 地域の子育て支援
- 祖父母・地域コミュニティとの連携
● 親子コミュニケーション教育
- 怒りのコントロール教育
- 対話型のしつけ
これらが整わなければ、
懲戒権削除は“親を追い詰める改革”になりかねない。
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🟨 結語──親子関係の再設計を社会全体で
阿部慎之助事件は、
懲戒権なき時代の親子関係が抱える緊張と、制度の自動作動が生む新たなリスク
を浮き彫りにした。
私たちは、
- 昭和の価値観
- 家庭内の常識
- 親の権威
に頼るのではなく、
令和の制度と価値観に合わせた“親子関係の再設計”
を進めなければならない。
そしてそのためには、
親を孤立させない社会的支援こそが不可欠である。
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さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男