さとう しゅういち ブログ
原爆投下の歴史的責任の明確化 未来の安全保障に
2026/5/6
原爆投下の歴史的責任の明確化 未来の安全保障に
皆さん、こんにちは。
広島から、未来の安全保障と平和のあり方についてお話しします。
私たち広島の市民は、世界で唯一、原爆の惨禍を経験した地域として、
核兵器の非人道性を誰よりも知っています。
だからこそ、今日は一つの問いを皆さんと共有したいと思います。
なぜ日本では、米国による原爆投下の責任を、正面から問う声が弱いのか。
右からも左からも、理由があります。
右派・保守の側には、
「日米同盟を揺るがすようなことは言えない」という空気があります。
しかし皆さん、同盟は“沈黙”の上に成り立つものではありません。
もし日本が、原爆投下を事実上“許した”と見なされれば、
ロシアや中国など、他の核保有国が
「核兵器は使ってもいいのだ」と誤ったメッセージを受け取る危険があります。
これは、今の安全保障にとってむしろ逆効果です。
一方で左派・リベラルの側には、
「日本がアジアに侵略したから原爆が落とされた」
「降伏が遅れたから仕方なかった」
という“自業自得論”が根強くあります。
しかし皆さん、
民間人を無差別に殺害する攻撃は、当時の国際法でも重大な問題でした。
日本の戦略判断の誤りと、米国の行為の違法性は、
本来、別々に議論されるべきです。
そして私は、ここを強く申し上げたい。
原爆投下の責任を曖昧にした結果、米国は「圧倒的軍事力で相手を屈服させる」という成功体験を引きずり、
ベトナム戦争、アフガン戦争、イラク戦争へと進んでいったのではないか。
これは反米でも親米でもありません。
同盟国として、友人として、
「間違いは間違いだ」と言える関係こそ健全だという話です。
広島が問い続けるべきは、
誰かを責めるための歴史ではなく、
未来の核使用をどう防ぐかという“安全保障そのもの”の問題です。
原爆投下の責任を曖昧にすることは、
核兵器の使用条件を曖昧にし、
核威嚇のハードルを下げ、
結果として世界を危険にさらします。
広島から発するべきメッセージは明確です。
核兵器は、どの国が使っても許されない。
そして、過去の誤りを曖昧にしないことが、未来の抑止力になる。
広島は、ただ被害を語る街ではありません。
世界の核政策に対して、
最も強い倫理的発言力を持つ街です。
その声を、私たち自身が弱めてはいけない。
広島から、堂々と、理性的に、
未来の安全保障をつくる声を上げていきましょう。
ありがとうございました。
さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男