さとう しゅういち ブログ
広島瀬戸内新聞 社説 こどもの日──“出生数”ではなく、“子どもの未来”を語る日として
2026/5/5
広島瀬戸内新聞 社説
こどもの日──“出生数”ではなく、“子どもの未来”を語る日として
こどもの日が来るたびに、日本の議論は「少子化対策」に収斂する。
出生数の減少は確かに深刻だ。しかし、子どもたち自身の未来をどう保障するかという視点が、あまりに欠けてはいないか。子どもを「人口の数字」として扱う議論ばかりが先行し、子どもがどんな社会で生き、どんな大人と出会い、どんな希望を持てるのかという本質が置き去りにされている。
■ 0〜18歳の支援は整いつつあるが、18歳以降は“自己責任”のまま
日本の子育て支援は、欧州と比べても初期段階では遜色ない水準に近づいている。
児童手当の拡充、保育料の軽減、医療費助成──これらは確かに前進だ。
しかし、18歳を超えた瞬間、支援は急に細る。
大学・専門学校の学費は依然として重く、中間層ほど支援の対象外になりやすい。奨学金は貸与が中心で、若者は社会に出る前から借金を背負う。職業訓練やリスキリングへの公的投資も欧州に比べて薄い。
「産んでほしい」と言いながら、「育った子どもが未来を切り開くための投資」は極端に弱い。
これが日本社会の最大の矛盾である。
■ 子どもが最初に出会う大人が疲弊している国に、未来はあるか
子どもが人生で最初に接する「社会の大人」は、保育士や幼稚園教諭、学校の先生だ。
しかし、その大人たちの労働条件は、国際比較でも厳しい。
保育士の給与は全産業平均より大幅に低く、教員は世界でも突出した長時間労働。非正規化が進み、現場の裁量は奪われ、事務負担ばかりが増える。子どもと向き合う時間が削られ、心の余裕も奪われている。
子どもが最初に出会う大人が疲れ切っている社会で、子どもが未来に希望を持てるだろうか。
この問いに、私たちは正面から向き合う必要がある。
■ 「少子化対策」ではなく「子どもの未来政策」へ
人口政策としての少子化対策ではなく、
“子どもが希望を持てる社会をつくる政策” へと転換すべきだ。
そのために必要なのは、次の三つの柱である。
1. 18歳以降の教育・職業訓練への大胆な投資
給付型奨学金の拡充、授業料減免、若者の住宅支援など、未来への投資を惜しまない社会へ。
2. 子どもを支える大人の待遇改善
教員・保育士の処遇改善、非正規の正規化、事務負担の削減。
「子どもと向き合う時間」を取り戻すことが、最大の子ども政策である。
3. 中間層が報われる仕組みづくり
所得制限の見直し、教育費控除の拡充、生活基盤の負担軽減。
支援からこぼれ落ちる家庭をなくすことが、社会全体の安定につながる。
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■ こどもの日を「未来の日」に
こどもの日は、本来「未来を祝福する日」である。
出生数の議論だけでは、子どもを“数字”として扱うことになる。
私たちが語るべきは、
「この国で育つ子どもたちが、どんな未来を生きられるか」
である。
子どもを支える大人が誇りを持って働ける社会。
18歳以降の人生にも公的な支えがある社会。
子どもが希望を持てる社会。
その実現こそが、こどもの日にふさわしい「未来への贈り物」ではないか。
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さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男