さとう しゅういち ブログ
国民会議の在り方を問う ― 議論は国会でこそ行われるべきだ
2026/2/20
これは神谷さんが正しい。(彼自体を全く支持しませんけど。)議論は総理に都合のいい人ばかりで構成する「国民会議」とやらではなく、国会ですべき。
参政党・神谷宗幣代表 国民会議に呼ばれず不満「420万人の声を無視するのか」
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/参政党-神谷宗幣代表-国民会議に呼ばれず不満-420万人の声を無視するのか/ar-AA1WJ6al?ocid=socialshare
「国民会議の在り方を問う ― 議論は国会でこそ行われるべきだ」皆さん、こんにちは。今日は、いま大きな議論を呼んでいる「国民会議」の問題についてお話しします。報道によれば、政府が設置した“国民会議”という場で、消費税減税や給付付き税額控除といった、国民生活に直結する重要政策が議論されています。ところがこの会議に、参政党が呼ばれなかった。その理由として政府側は、「給付付き税額控除に賛成していないから」と説明したとされています。参政党の神谷宗幣代表は、「420万人の声を無視するのか」と強く反発しました。私は、神谷氏個人や参政党を支持するかどうかとは別に、この問題提起そのものは極めて重要だと考えています。なぜなら、今回の問題は、「参政党がかわいそうかどうか」ではなく、民主主義の制度そのものに関わる問題だからです。
■ 第一の問題は、参加政党の選定基準が不透明であることです。国民会議に誰を呼ぶのか。その基準が公開されていません。政府方針に賛成する政党だけを集めるのであれば、それは「政策推進会議」であって、“国民”の名を冠する会議ではありません。
■ 第二の問題は、国会を迂回した政策決定が進んでいることです。本来、政策議論の中心は国会です。国会には、・多様な政党が参加し・公開の場で議論し・国民に説明責任を果たすという役割があります。しかし、政府が任意に作った会議体で議論を進め、国会を後回しにするような構造が続けば、民主主義の根幹が揺らぎます。
■ 第三の問題は、透明性の欠如です。国民会議は議事録の公開も遅く、誰がどんな意見を述べたのか、国民には見えません。透明性が低い場で政策が決まれば、国民は政策の正当性を検証できません。
■ そして最大の問題は、「国民会議」という名称と実態の乖離です。国民の声を集める場ではなく、政府が選んだメンバーだけで議論する場であるなら、その名称は国民を誤解させます。
■ 私たちが求めるべきは、特定政党の優遇でも排除でもありません。必要なのは、どの政党であれ、国民の代表として国会で議論できる環境を整えることです。政策は、政府に都合の良いメンバーだけで決めるものではありません。賛成も反対も、与党も野党も、すべての声が国会に集まり、公開の場で議論される。それこそが民主主義の基本です。
■ 最後に今回の問題は、参政党だけの話ではありません。どの政党でも、どの立場でも、政府が恣意的に議論の場を設計できるようになれば、いつか同じことが起こります。だからこそ、制度の透明性と公正性を守ることが、国民全体の利益につながる。私はそのことを、皆さんと共有したいと思います。ご清聴ありがとうございました。
さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男