2026/8/6
【森と記憶を未来へ──笹の墓標強制労働博物館を訪ねて~幌加内視察報告②】
本日8月6日の午後は、朱鞠内湖畔にある笹の墓標強制労働博物館を視察しました。長年、この問題にかかわってきた小林ちよみ道議会議員の企画で、平和議連の役員のみなさんの視察に私も混ぜていただきました。
午前中に訪れた北海道大学雨龍研究林では、「100年、200年先を見据えた森林管理」について学びました。一方、この地は、かつて北海道大学演習林だった森林が王子製紙へ払い下げられ、その後の森林開発、雨竜ダム建設、名雨線建設へとつながった場所でもあります。
北海道の近代化や産業発展を支えた開発の現場。
しかし、その歴史をたどると、アイヌ民族の言葉や暮らしが奪われてきたこと、明治期の囚人労働にはじまり、タコ部屋労働、そして戦時下の朝鮮人や中国人の強制労働へと続く、多くの人々の犠牲の上に築かれてきた側面があることを、改めて学び直しました。
午前中の視察で「森林をどう未来へ引き継ぐか」を考えたからこそ、午後は北海道開発の歴史の陰で何があったのかを知ることの重みを、より強く感じました。
博物館の展示を通して、私が最も印象に残ったのは、「記憶と追悼」というキーワードです。
1970年代に始まった空知民衆史講座の活動によって、長く埋もれていた歴史が掘り起こされ、1980年代には遺骨発掘が始まりました。そして1997年からは、日本、韓国、中国をはじめとする若者たちが共同で遺骨発掘に取り組む「東アジア共同ワークショップ」が続けられています。
立場や国籍を超えて、ともに汗を流し、歴史と向き合い、語り合う。その積み重ねが、過去を未来へつなぐ営みとなっていることに深い感銘を受けました。
また展示では、北海道の歴史を一つの出来事としてではなく、アイヌ民族の歴史、近代開発、囚人労働、タコ部屋労働、戦時下の強制労働へと続く時間の流れの中で捉えていました。その視点に立つことで、北海道の発展を「光」だけでも「影」だけでもなく、多面的に見つめ直すことの大切さを改めて考えさせられました。
さらに、館内では広島・長崎への原爆投下による犠牲者についても、日本人だけでなく、朝鮮半島や台湾、中国、東南アジア出身者、さらには連合軍捕虜など、多様な人々が被害を受けた事実が紹介されていました。
8月6日、広島に原爆が投下されたこの日だからこそ、被害の歴史を語るときにも、さまざまな立場の人々の存在に目を向けることの大切さを、改めて考えさせられました。
館内には、北海道内だけでも約250か所に及ぶ強制労働の現場を示した地図も展示されています。私たちが日々利用している道路や鉄道、ダムなどの社会基盤の多くが、こうした歴史とも無関係ではないことを知り、北海道の歩みをより立体的に捉える必要性を感じました。
そして印象的だったのは、この博物館が単に歴史を展示する場所ではなく、その記憶を未来へ受け継ぐ活動そのものを続けていることです。
展示を支え、調査を続け、次の世代へ記憶を伝える仲間を募る活動も行われています。歴史を継承することは、一部の研究者だけの仕事ではなく、国境や世代を超えた市民一人ひとりが関わることのできる営みなのだということを教えられました。
午前は100年、200年後の森を考え、午後は約80年前の歴史に向き合いました。
森林は木材を生み出す資源であると同時に、人々が働き、暮らし、ときには命を落とした歴史の舞台でもあります。
北海道では、これから森林計画の見直しが進められます。森林を巡っては、今後もさまざまな開発や投資が進むことが想定されます。だからこそ、森林の持続可能な管理という視点に加え、その土地が歩んできた歴史や、そこで生きた人々へのまなざしも忘れてはならないと感じました。
自然を未来へ受け継ぐこと。
歴史を未来へ受け継ぐこと。
この二つは、決して別々の課題ではありません。
今日の視察を通して学び直したことを胸に刻み、その両方を大切にしながら、北海道の未来につながる議論を積み重ねていきたいと思います。












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