2026/8/8
食料品にかかる消費税を1パーセントへ、2年間引き下げる。政府・自民党がこの方向でまとまった。数字だけを見れば、控えめな措置である。対象は食料品に限られ、期限は2年で切れる。恒久的に手取りが増えるわけではないから、家計の生涯所得の見通しは変わらない。日々の資金繰りに制約のある低所得者を除けば、人は一時的な余裕を貯蓄に回し、恒久的な余裕を消費に回す。したがって消費刺激の効果は限定的にとどまる。この点は、賛成する者も反対する者も等しく指摘している通りであり、私も否定しない。
だが、一部野党のようにそれを理由にこの減税に反対するのは、順序を取り違えている。
この減税の値打ちは、軽くなる負担の額ではない。1989年の導入以来、一度も下がったことのない税率が下がるという事実そのものにある。
前例がなかったから、これまでの議論はすべて仮定の上に立っていた。減税をすれば経済がどうなるか、財政がどうなるか、誰も現実を見たことがない。見たことがないものについては、オールドメディアをおさえた声の大きい物語が勝つ。「減税しても経済はよくならない。減税には必ず財源が必要である。」こうした命題は、証明されたから通用してきたのではない。反証する材料が存在しなかったから通用してきたのだ。
2年間、実物が動く。食料品の価格がどう動き、消費がどう反応し、税収が実際にどれだけ減るのか、あるいは減らないのか。すべてが観測可能なデータとして残る。これは政策実験である。そして反減税派にとって、これほど分の悪い実験はない。
財源論についても同じことが言える。最近二年間の政府の税収の上振れは12兆円にも上る。この12兆円とは、政府が当初予算で見込んだ税収と、実際に決算で入ってきた税収との差額である。2025年度は当初の見込みが77.8兆円だったのに対し、決算は84.2兆円。6.4兆円多く入った。前年度も同じで、当初69.6兆円の見込みに対し決算は75.2兆円、5.6兆円の上振れだった。2年合わせて12兆円、政府が「ない」と言っていた財源が、実際には国庫に入っていたことになる。
今回の減税による減収は年5兆円規模とされる。2年間の時限措置であれば、上振れ分の中に収まってしまう。財源がないから減税できないという主張は、すでに事実によって崩れている。なぜ2年続けて同じ方向に、しかも兆円単位で見積もりが外れたのかを説明する責任が先にある。
批判すべきは、完全な減税でなければ意味がないという、その判断の誤りである。政治の現場で示される選択肢は、「理想の減税か、この減税か」ではない。「この減税か、減税ゼロか」である。前者を潰せば残るのは後者だ。第一歩を踏ませないことは、道そのものを閉ざすことに等しい。こんなことは政治家にとっては常識だろう。
景気が過熱し、需要が供給の限界を超えて物価を押し上げているのならいざ知らず、現下の物価上昇の主因は食料品やエネルギーなどの輸入コストにある。国内需要が沸き立っているわけではないのだから、需要を冷やす必要はどこにもない。食料品は所得の低い世帯ほど支出に占める割合が高い。そこを軽くすることは、物価対策としても分配政策としても筋が通っている。
もっとも、手放しで評価するつもりはない。むしろ警戒すべきは、2年で自動的に元へ戻る設計のほうだ。期限つきである以上、家計は「いずれ戻る」と読む。読まれた分だけ効果は削がれる。そして効果が小さく出れば、それを根拠に「やはり減税は効かなかった」という総括が霞が関によって用意されるだろう。時限措置は、失敗の証拠を自ら製造しかねない仕組みでもある。
だからこそ、始まる前に次の一手を決めておかねばならない。2年の期限を撤廃して恒久措置に改めること。対象を食料品から順次広げること。そして、あらゆる財政試算の入口に置かれ、政府が固執する1.2という税収弾性値を、直近10年の実績に即した水準へ改め、積算の前提を国会と国民に開示させること。
12兆円の上振れは、補正予算での散発的な支出ではなく、恒久減税の原資に充てるべきだ。この第一歩を第一歩で終わらせないことが、今後の最大の課題である。

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